ここ数日、途中まで書くけど書き終わらずそのまま、な記事が何個かあって、読み返すんだけど続きがいまいち浮かばず…を繰り返していた。
そもそも予定がなんだかたくさんで気忙しかったのもあるんだけど。
そんなのもあって、こころ研究家としての活動があまり進められてないなぁと、うっすらと焦りが滲んでいた。ふと時間が空いた時にざわっとするあの感じ。
しかし今日、バイクに乗っていて、ここしばらくバイクに乗る時に、優雅さや高貴さをイメージしていて、それを改めてイメージした時に、あれ?と気付いた。
そもそも高貴な自分が、何を焦る事があるのだろう?と。
自分には価値がじゅうぶんにあって、それは何がどうであろうと揺るがないものだったじゃないか。
であるなら上手くいくとかいかないとか、そもそも関係ない話だよなぁと思い至った。
その前日に友人と話していた時に高貴というワードが出てきていたのも繋がっていたのかもしれない。
で、そこに至った上で思うのは、やはり貴い自分として全てにおいて生きるのが自分に対する礼儀だよなと感じた。
それが自分という、この素晴らしい存在の人生の舵取りを担わせてもらっている、責任であり義務と言って差し支えないだろう。
そうか…そうだったな。書いててすごくまとまった。
ここしばらく、作った名刺を知り合いに配っていて、ここを知り合いに読まれる事を気にして書きづらくなってた部分もある。うん、あるな。
ただそこにどう思われるかとかを恐れているって事ほど滑稽なものはない。
ぼんやりあるうちは恐れの感情として現れていたけど、そこをつまびらかにしてしまえば、いやいやいやってツッコミを入れられるくらいのものにはなるな。
自分の中にある素晴らしいものを、もっと多くの人に届けていきたい。
そのためには、その価値をやはり自分が一番信じてあげる必要がある。
そこをサポートできる喜びを感じながら、義務を果たしていこう。