「もっと気にしない性格だったら楽なのに」と思うあなたへ
「どうして、こんなことまで気づいてしまうんだろう」
「もっと気にしない性格だったら、楽に生きられるのに」
そんなふうに思ったことはありませんか?
相手の表情がほんの少し変わった。
声のトーンがいつもと違った。
LINEの返事がいつもより短かった。
職場の空気がなんとなく重く感じた。
すると、
「僕、何か悪いこと言ったかな?」
「怒らせてしまった?」
「嫌われたのかな?」
と、頭の中で何度も考えてしまう。
僕自身もよくあります。
何人かで話しているときも、相手の表情やその場の空気を見ながら、
「今、話していいかな?」
「この話をしたら、どう思われるかな?」
「誰か嫌な気持ちにならないかな?」
と考えているうちに、次の話題に移ってしまうことがあります。
そして後になって、
「あれ、言いたかったな」
「あの言い方、大丈夫だったかな」
と一人で振り返ってしまう。
正直、疲れることもあります。
だから僕は、「気づきやすいことは素晴らしい長所です」とだけ伝えたいわけではありません。
気づきすぎることで疲れる。
考えすぎてしまう。
人と会った後、一人になりたくなる。
そんな大変さも確かにあると思うからです。
でも、一度だけ反対側から考えてみてほしいんです。
もし、何も気づかなかったらどうでしょうか。
いつも元気な人が落ち込んでいても気づかない。
誰かが困っていても気づかない。
周りが忙しくても気づかない。
仕事の小さな違和感にも気づかない。
自分自身が疲れていることにも気づかず、限界まで頑張り続けてしまう。
そう考えると、
「気づけること」そのものが悪いわけではない
と思うんです。
気づけるからこそ、
「今日、ちょっと元気ないね。大丈夫?」
と声をかけられる。
誰かが人知れず頑張っていることに気づいて、
「いつもありがとう」
「頑張ってるね」
と伝えることができる。
仕事でも、
「なんとなく、ここが気になる」
という小さな違和感から、ミスやトラブルを防げることがあります。
そして「気づく力」は、嫌なことだけを見つける力ではありません。
夕焼けがきれいだった。
風が気持ちよかった。
いつものコーヒーがおいしかった。
店員さんが優しかった。
誰かがさりげなく自分を気遣ってくれた。
そんな日常の小さな幸せにも気づけます。
同じ「気づく力」なんですよね。
だから、
「気づきすぎる自分を直さなきゃ」
と、自分の感受性を全部なくそうとしなくてもいいと思うんです。
ただし、ここで一つ、とても大切にしてほしいことがあります。
それは、
「気づくこと」と「背負うこと」は別
ということです。
相手の表情が曇った。
そこに気づいたことは事実かもしれません。
でも、
「きっと僕が何か悪いことをしたんだ」
というところまでは、まだ事実とは限りません。
誰かが困っていることに気づいても、
「僕が何とかしなきゃ」
まで背負う必要はありません。
気づきやすい人ほど、
「気づいたからには、何かしてあげなきゃ」
と思ってしまうことがあります。
でも、気づいても何もしないという選択があっていい。
相手の問題を、相手に任せてもいい。
そして、もう一つ。
今まで周りの人に向けてきたそのアンテナを、ときどき自分にも向けてみてください。
「今日はいつもより疲れているな」
「なんだか余裕がなくなっているな」
「今日は一人で静かに過ごしたいな」
そんな自分の小さな変化にも気づいてあげる。
誰かの元気がないことにはすぐ気づけるのに、自分自身の「もう疲れたよ」を無視してしまったら、もったいないと思うんです。
気づきすぎて疲れた日は、休んでいい。
人から少し離れてもいい。
考えることを一度やめてもいい。
気づかない人にならなくていいんです。
気づける自分を残したまま、
「どこまで受け取るのか」
「どこから先は背負わないのか」
を少しずつ選べるようになればいい。
今まで「短所」だと思っていたその部分は、
誰かを大切にする力にも、
仕事で人を支える力にも、
自分自身を守る力にも、
人生の小さな幸せを見つける力にもなります。
「気づいてしまう自分はダメ」
ではなく、
「僕は、人より少し多くのものに気づけるのかもしれない」
そんな見方も、心の片隅に置いてみてくださいね。
たいほー