人の気持ちや状況は、ずっと同じではいられません。
季節のように移り変わり、満ちたり欠けたりしながら、少しずつ形を変えていく……。
そんな変化の途中にいる人の姿を、易は、まるで物語のように映し出します。
仕事。
恋愛。
家族関係。
逃げたい。
でも逃げられない。
そんな状況からはじまる「誰か」の物語を易で表してみると、例えばこんな感じです。
33.天山遯。
「もう無理だ。逃げよう」
そう思った頃には、もう橋は壊れている。
前は渡れたはずなのに。
もっと元気だった頃は、引き返す道もあったのに。
39.水山蹇。
気づけば、後ろも前も塞がれている。
23.山地剥。
そう、崩れる時は、一瞬ではない。
少しずつ削られ、逃げ道から順番に壊れていく。
だから人は、「まだ大丈夫」と我慢し続けてしまう。
52.艮為山。
「今さら辞められない」
「他に行く場所なんてない」
「自分が我慢すれば丸くおさまる」
そうして、壊れかけた岸辺で立ち尽くす。
47.沢水困。
心だけが、じわじわ干上がっていく。
けれど、ある日。
川岸に、小さな舟を見つける。
5.水天需。
まだ怖い。
本当にこれでいいのかわからない。
向こう岸に着ける保証もない。
だから人は、しばらく岸辺で迷う。
43.沢天夬。
でも、さすがに嫌になる時が来る。
「もう、どうなってもいい」
そこで初めて、人は舟に乗る。
25.天雷无妄。
どこへ流れ着くかわからない。
でも、その頃にはもう、「元の岸には戻れない」と分かっている。
開き直った時、人はようやく、「思い通りに生きること」をあきらめる。
14.火天大有。
とうとうすべてを手に入れた。
けれどそれは、欲しかったものを全部掴む、という意味ではない。
失ったものも。
壊れたものも。
戻らなかった人も。
その全部を抱えたまま、
「それでも生きていくしかない」と腹を括ること。
易は時々、そんな不器用な覚悟を、「豊かさ」と呼ぶ。
だから人生は、必ずしもハッピーエンドにはならない。
それでも。
嵐の岸辺で立ち尽くしていた頃より、少しだけ風は穏やかで、
自分の足で立っている感覚が戻っている。
易は、「願いを叶える魔法」ではないし、
「がんばれば必ず報われる」とも、あまり言いません。
むしろ、
「もうそこまでがんばらなくていい」
「流れを変える時が来ている」
と、静かに教えてくれることのほうが多いような気がします。
人生の橋が壊れる前に。
あるいは、壊れてしまったあとでも。
易は、その時その時の「現在地」をそっと映し出してくれるのです。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
それでは次回までごきげんよう。
皆さまの幸せを願って…
Aja☆彡