野球で暴行事件により追い出された、拾われた、と話題になった人がいます。令和になったことで、隠せなくなっています。
平成、その前の昭和であれば、ひどいことが横行していたことが容易に伺うことができます。
バレずにやってきた人達は、今回の内容について擁護するでしょう。
悪党は悪党を守り、徒党を組む、これが常です。
おかげで、その言動から擁護する人たちが、同じ穴のムジナと知ることができます。職業とされている野球ですが、コロナが「違う」と知らせてくれました。無観客で無理矢理、試合をしています。
客がいないのに、野球をする理由は何か。
専門家として成り立つのであれば、大いに構わないと思います。
ですが、野球の場合、専門家には該当しないと私は思います。
単なる興行でしかないから、です。
サッカーも同じです。
客がいるから、収益になる興行です。
客がいない=無意味です。
少なくとも、競技場は無駄です。
所有するのは、民間企業です。
広告や宣伝に使えなければ、多大な支出の塊でしかありません。
当然、無価値、無収益の興行であれば、そこに関係する人の「年俸」も
影響します。収益を上げない社員に、対価を払う雇用主がいるでしょうか。
今回の無償トレードは、分かりやすいです。
通常であれば、「社員」のような人を育てたまでの費用を精算します。
その費用が無償となりました。
「タダでもいいから、引きとってくれ」、という意思表示と思います。
見た目にも良いとは言えない人でした。
以前にもいました。
日に日に悪化し、試合中にカンチョーまでしていました。
観ていた人も呆れたと思います。
トレード前までは、似たような風体でした。
挙句には薬物犯罪です。
更生するためよりも、社会への害悪としての影響を考えるべきです。
害人と言えます。
若いうちから、有頂天になっていたことが、後半生に影響します。
「球戯」しかしてこなかった、からです。
他に何ができるのか、何もできない、が回答です。
そのため、野球を「退場」させられた人たちは、ほとんど「その後」が
知らされません。
たまにテレビで放送されることもありますが、視聴率が低いためか、継続した
放送はありません。
40代以降では、使い物になりません。
しかも、プライドではなく、自我が高く、一般人と金銭感覚が激しくズレ、社会人としての基本もなく、野人のような存在です。野球を取ったら、野人でしかない、という現実を知ることになります。
野球に限らず、他の「球戯」も同じです。
専門家ではありません。
野球「バカ」、サッカー「バカ」でしかありません。
若いうちは苦労を買ってでもしろ、という教えは非常に大切と思います。
趣味で球戯をすることは、望ましいことです。
本業があるから、です。
本業で着実に行なった上で球戯をするのであれば、とても有用と思います。
しかし、球戯を職業としようとすることは「すべきではない」と思います。
今回のコロナは、徹底的に球戯のような興行を封じ込めています。
無くても生活に支障がない、ことが証明されました。
むしろ、興行のせいでコロナが拡散する方が問題です。
本当に必要かどうか、で職業も決まってくると思います。
目先さえ良ければいい、という考え方は危険です。
また、若い時に調子が良いことも危険です。
今回だけではありませんが、野球関係者に人格者がいる、とは思いません。
また、天の意思も表れていると思います。
本物であれば、五体満足です。
そうではないから、身体的な警告を受けることがあります。
偽物には半身不随のような警告を天から受けると、私は考えています。
病気には理由があると考えます。
病院や医師は、「身体の修理屋」と換言できます。
なぜ、その病になったのか、明確な理由は言えないはずです。
簡単なことを「わざと難しく見せていた」ような場合、その体を自由に使うことができないような、天からの「手入れ」を受けるでしょう。
人を言動や態度で苦しめてきた人は、「心臓に関わる病」を受けるでしょう。
その行なってきた内容が酷いほど、重症になります。
五体満足で老衰で亡くなった人、これは相当に行いが良かったことの現れと
私は思います。
病は、その人の行いの履歴と見えます。
死に方も同じです。
特に死の直前5年間、これでその人の価値が大体、わかります。
「いかに死ぬか」が重要です。
生計、身計、家計、老計、そして死計です。
人生の五計として有名です。
コロナで急死する事例が増えてきました。
今後は、さらに増えると思います。
いかに老いるか、を通り越して、いきなり「いかに死ぬか」となるケースも
考えられます。
この世で何をすべきか、具体的に何をしたか、死後の審判の時に堂々と言えるように、美しく死ぬことが重要と思います。
その美しい死に方をするには、正しい仕事をすることが肝要と考えます。
本物ではない仕事は、すべきではないと思います。
数十年後、当時はあんなことが職業となっていたのか、と後世にバカにされることがない、正しい仕事を全うすべきと思います。