『NieR Automata』から考える、学校・不登校・これからの教育

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ひとつ、変わった小話をしてみたいと思います。
あなたは『NieR:Automata』という物語を知っているでしょうか。『NieR:Automata』は、2017年にPlayStation 4向けに発売されたゲームソフトです。のちに他のプラットフォームにも展開され、世界中で数百万本を超える大ヒットを記録しました。
一部始終、どこか陰うつな雰囲気が漂うこの物語が、なぜこれほど多くの人の心をつかんだのでしょうか。私はその理由を考えていくうちに、この物語には、ある現代的な社会問題が投影されているのではないかと思うようになりました。その問題点とは何か、物語の概要とともに紹介してみたいと思います。
ゲームの題名にもなっている「オートマタ」とは、日本語で「自動人形」のことです。わかりやすく言えば、人工知能を搭載したアンドロイドのような存在です。
『NieR:Automata』の世界では、人類のために戦うアンドロイドたちが登場します。彼らは兵器として作られた存在でありながら、やがて感情のようなものを抱き、自分の存在意義に葛藤していきます。そして物語が進むにつれて、彼らが信じていたものや、自分たちの役割そのものが揺らいでいきます。
兵器として生み出されたアンドロイドであるからこそ、感情が芽生えても、それをどのように扱えばよいのかがわかりません。喜び、悲しみ、怒り、孤独、不安。そうした感情を適切に受け止めたり、表現したり、他者と分かち合ったりすることがうまくできないのです。アンドロイドたちは感情に苦しみ、生きる意味を問い続け、やがて自我そのものを大きく揺さぶられていきます。
私は、この「自我が揺らぐ」ような現象に似たものが、人間の実社会にも起こり始めているように感じています。
インターネットの普及によって、人と人とが直接向き合い、関係を築いていく機会は、以前よりも少なくなりました。便利になった一方で、私たちは直接人と向き合ったとき、自分の感情をどのように表現するのが適切なのか、以前よりもわかりにくくなっているのではないでしょうか。
さらに、現代社会は多忙です。効率が重視され、感情のやり取りはしばしば「面倒なもの」として扱われます。波風を立てず、問題が起きないように、当たり障りなく振る舞うことが求められる場面も増えました。その結果、本当は豊かな感情を持っているにもかかわらず、それを表に出すことに不慣れな人が増えているように思います。
これは、ある意味では「コミュニケーション能力の劣化」と言えるかもしれません。さらに言うならば、「人間のアンドロイド化」と表現することもできるのではないでしょうか。
ただし、注意しなければならないのは、私たちが感情を失ったわけではないということです。むしろ問題は、感情を表現しにくい環境を、私たち自身の手で作り上げてしまったことにあります。そして不幸なことに、新型コロナウイルスのまん延は、この環境にさらに拍車をかけました。
現代人は、間接的かつ機能的に人間関係を済ませることができるようになりました。連絡はメッセージで済み、買い物も手続きも画面上で完結します。便利である一方で、人間の非効率的な部分、すなわち感情と向き合う経験は減ってしまいました。
そのため、いざ人の感情と向き合ったとき、どう受け止めればよいのか、どう声をかければよいのか、自信を失ってしまう人も少なくありません。ルールや規則、秩序に従順で、問題を起こさないことは大切です。しかし、それだけでは人間らしい豊かな情を育てることはできません。
『NieR:Automata』が多くの人の心をつかんだ理由の一つは、ゲームのプレーヤーである私たち人間が、アンドロイドたちの姿に自分自身を重ね合わせることができたからではないかと、私は考えています。
しかし、この話は単なる社会論で終わらせることはできません。
感情との向き合い方がわからず、コミュニケーション能力が衰えてしまっている私たちは、大人であっても子どもであっても、一つの大きな不具合を抱え始めているように思います。その不具合とは、「アンドロイド化しつつある人は、非効率的に苦しんでいる人を助けにくい」ということです。
誰かが困っていたら、誰かが悲しんでいたら、かつてはその感情を察知し、自然に救いの手を差し伸べる人がいました。世話焼き、お節介などと呼ばれる存在も、今より身近にいたように思います。直接的なコミュニケーションが多かった時代には、人の表情や声の調子、場の空気から、相手の困り感を受け取る機会が多かったからです。
しかし今は、人が人を直接助ける機会が減っています。「困り」や「悲しみ」は、効率の観点から見れば、とても扱いにくい感情です。ときには「そんなことは気にしなくてよい」「早く切り替えればよい」といった正論によって、人が遠くへ追いやられてしまうこともあります。
当然、不器用な人ほど孤立しやすくなります。うまく助けを求められない人ほど、自力での解決を強いられてしまいます。
では、誰にも助けられなかった人たちは、どうなってしまうのでしょうか。周囲の人間に対して、社会に対して、悲しみや絶望を抱くことがあります。中には、行き場のない怒りを募らせてしまう人もいるでしょう。
もちろん、現代の犯罪やテロリズムを一つの原因だけで説明することはできません。貧困、孤立、差別、家庭環境、精神的な不調、社会構造など、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。ただ、人が感情を受け止められず、社会から隔絶されてしまうことが、深刻な問題の背景にある場合は少なくないのではないかと私は考えています。
アンドロイドが人間になろうとして苦しむのであれば、人間が「人間以外の何か」になろうとしたときにも、どこかで無理が生じるはずです。人間も人間社会も、効率性だけでは決して成り立ちません。人間は、生き物として本質的に非効率な存在です。迷い、悩み、傷つき、怒り、悲しみ、誰かに助けられ、誰かを助けながら生きています。
私たちは、人工知能を利用して、より豊かな暮らしを実現しようとしています。それ自体は、決して悪いことではありません。むしろ、AIは私たちの生活や学びを大きく助けてくれる可能性を持っています。
しかし、なぜか私たち自身が、人工知能そのもののようになろうとしてはいないでしょうか。効率よく、間違えず、感情を挟まず、迷惑をかけず、正しく振る舞う。そのような生き方は、一見すると賢く見えるかもしれません。しかし、それが本当に豊かな生き方であるとは、私には思えません。
さて、ここで一つ提案したいと思います。
若者の皆さん。社会全体をすぐに変えることは難しいかもしれません。しかし、せめて自分の身近な人との関係や、自分が所属する小さな集団の中で、豊かで優しさに満ちたコミュニケーションを増やしていくことはできるのではないでしょうか。
怒りや悲しみを無制限にぶつければ、周囲を困らせてしまうこともあります。けれど、感情をすべて溜め込んでしまうよりは、適切に表現し、誰かと共有する方がずっと健全です。
方法は、決して難しいものではありません。困っている人がいたら、共に解決の道を探ればよいのです。悲しんでいる人がいたら、まずはその悲しみに耳を傾ければよいのです。怒りをあらわにしている人がいたら、すぐに否定するのではなく、隣に座って、何があったのかを聞いてみればよいのです。
集団で目標を持ったときには、互いが互いを支え、よりよいものを目指して力を尽くせばよいのです。リーダーはみんなのために心を配り、周りの人たちはリーダーを支える。そうした関係の中で、人は少しずつ、自分がその場にいてよいのだと感じられるようになります。
一度「誰も分かってくれない」「誰も助けてくれない」と思ってしまうと、人はその場にいることに嫌悪感を覚えるようになります。そこは、いても意味のない場所どころか、いることで傷ついてしまう場所になってしまうのです。
若者が所属しうる、もっとも身近な小集団の一つが学校です。
もちろん、すべての子どもにとって、学校に行くこと自体が無条件の価値になるわけではありません。学校という環境が、その子に合わない時期もあります。集団の空気、人間関係、学習の不安、先生との相性などによって、学校が安心できる場所ではなくなってしまうこともあります。そのような子どもに対して、「学校は大切だから、とにかく行きなさい」と言うだけでは、支援にはなりません。
大切なのは、学校を目的にすることではなく、学校をどう活用するかです。
学校には、人と人とが手を取り合い、物事を成し遂げる学びがあります。友達と関わること、役割を持つこと、意見の違う相手と向き合うこと、失敗してもやり直すこと、誰かに助けられたり、誰かを助けたりすること。こうした経験は、家庭や一人での学習だけでは得にくいものです。
だからこそ、「学校なんて意味がない」「学校はもう終わっている」と安易に切り捨ててしまうことには、私は慎重でありたいと思います。一方で、「学校に行くことだけが正しい」と考えることにも、同じように慎重であるべきです。
学校は、子どもを一つの型にはめるための場所ではありません。本来は、子どもが人と関わり、自分の役割を見つけ、学びを広げ、自分らしく生きる力を育てるための選択肢の一つです。
AIの時代だからこそ、私たちはもう一度、人間らしい関わりの価値を見つめ直す必要があるのではないでしょうか。人と人とが向き合い、感情を受け止め合い、支え合いながら生きていくこと。その非効率で、温かく、かけがえのない営みこそ、これからの教育にますます必要になるのだと思います。
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