【本物の天才、才能の本質】について考えてみる。 / とある音楽家の田舎暮らし

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最近色々な物語やお話を読む機会が増えてきて、
その度に自分にとって印象に残るような言葉や格言的なものに出会う事も多くなりました。

その中の一つに


「薄っぺらな天才は、才能が透けて見える。本物の天才は、才能を忘れさせる。」



一言一句全てあっているかは覚えていませんが、こういった言葉がありました。

自分はこの言葉を目にして以降、
「本物の天才の持つ、しっかりと使い込まれた才能」というものを
作品であれ、その人の言動であれ、はたまたその人の思想や考えであれ、
触れてみたい、近づいてみたい、
そして自分がそれらと出会った時に、いったいどんな想いになるのか、今後の人生にどんな影響を与えてくれるのか、
とても気になるようになりました。


この言葉、皆さんはどう解釈しますか?

色々と考えた末、自分は割とシンプルなのですが、

「才能に頼り、それを使うだけなのは表面だけの天才。
しかしその才能を酷使しそれに磨きをかけ、自分の世界観や思想を、その手段や技術(才能)が霞んでしまうほど表現出来てしまうのは真の天才。」

こういうことなのではないかなと思いました。

ここでいういわゆる「才能」というのは、
一般的な考えのイメージ通り「持って生まれたもの」という認識で間違いないかと思います。

しかし自分はこの言葉を聞いて以降、更にそこに意味がプラスされて、自分が持って生まれた
「道具」や「手段」
そういったものなのではないかなと考えるようになりました。

道具や手段というのは、自分たちが生きているこの世の中にも、数え切れないほどの沢山の種類があります。
用途が違ったり、それらを使った色々な選択によって結果までの過程が長くなったり短くなったり、はたまた更に結果が良くなったりと…。。

なのでそれらを「どのぐらい持って生まれるか」は人それぞれです。
その「どのぐらいか」の部分でおそらく才能がそれなりに「ある」か「ない」は決まってくるのではないかと思います。

これらの考えを加味した上で
つまり薄っぺらな天才とは、、

その生まれ持った道具や手段を使って、自分より才能がない他の人間より優位に立ったり、その才能を見せたり、他人に使ったりするだけの人間。

なのではないかと考えるようになりました。

語彙力がなくてめちゃくちゃ申し訳ないのですが、、💧‬
要するに、人より多少なりとも才能があったら、それを見せつければ他人に「凄い!」って言われる事は多いですし、
それはほとんどの人にとって、承認欲求満たせるし、気持ちのいいものですよね。って事です。笑

もちろんそういう愉悦感云々は抜きにして、
「自分は才能がある人間だ」と思い込んで、その才能に頼りきり(周りに対して使用するだけ)になってしまっている人も、
同じなのではないかなと思います。



これに対して自分の思う本物の天才とは、

これらの生まれ持った「道具」や「手段」(才能)を使い込み、それに磨きをかけ、それらの才能によって、自分自身をしっかり表現する事が出来る人間。

なのではないかと思っています。

またその「自分自身」を構築するために使用された「才能」は、才能によって表現した「自分自身」よりも、圧倒的に小さいものに見える事

こういう現象も同時に起こしてしまうのが、
いわゆる本物の天才というものなのではないかと考えるようになりました。



自分自身を表現する手立てはなんでもいいと思います。
絵だったり、詩や曲だったり、
思想や考え、
ただ単純に普段の行動だったり。

大昔から今現在まで、
歴史に名を残している偉人たちはこういったそれぞれの分野で、世界人口に対してけして多くは無いですが幅広くいるかと思います。

絵画、油絵などでは今まで名前が残っている有名な画家は沢山いますし、
現代の人々の考え方の根幹になっている、自分の哲学や思想を唱えた人物も数多くいます。
また普段の何気ない行動の積み重ねなどで、ひとつの国をまとめるような、とても大きな立場になった人物なども、
歴史の教科書を見れば見かけることができますよね。

これらの人物を深堀して調べていくと、
ほぼ全員がその人生の中で色々なアクシデントや物語があり、
それにぶつかる度に自分の才能を使い、その度に才能を強化し、それらの事柄を超えてきた事が書いてあったりします。

こういうのを読んで
歴史に名を残すほどの本物の天才達は、どんな分野であれ才能の度合いに多少の差こそあれど、

人生の中でその才能を、自分の探究の為に絶えず使い続けている

という共通点があるなと考えるようになりました。



長々と書いてきましたが…当然ながらこの言葉は、
楽器や音楽をやる上でも、大いに当てはまる言葉です。

楽器の上達スピードなどには、
当然「才能」の有無が関わってきます。

しかし、ここで重要なのはさっきの話です。

大切なのは、
「どれだけその才能を、自分のために使い込めるか」

ということ。これに尽きます。

実際自分にもドラムの才能はそこまでありません。
それは今まで約6年間、最初に始めた時からプロの先生に教わってきた中で、自分自身が1番理解しています。

本当に才能のある、「本物の天才」のドラマーは
音を聴くだけで、その人だとだいたい分かります。

これ本当なんです。笑
ドラムを始めて、色々な事がわかるようになってきた頃に曲を聴くと、
「あれ、この曲のドラムもしかして…あの人?」
みたいな考えがズバリ的中していることが何度がありました。

いい例が、レジェンドドラマーの青山純さんです。
演奏している映像や、教えている内容などをみても、
いかに自分の才能を使い込んできたドラマーなのかがよく分かります。



才能がほとんど無い自分でも、ある程度の位置までは来ることが出来ました。

ですので、
これからドラムを始めようとしている方、
初めたけど挫折しかかっている方、

才能がどれだけ少なくてもしっかり自分のために使い込めば、天才とはまでは行かなくともある程度の位置まではたどり着けます…!

是非この考えをいつも持っていて欲しいです。

もちろん闇雲にこの考えに溺れるのではなく、
またある程度上達し、そこで満足してそれをひけらかすだけではなく、
正しい練習方法と手順をしっかり使い、同時に自分の才能に磨きをかける、
ということを忘れずに!



今回はとても長文になってしまいましたが、
とても大切な、自分の考えを書かせていただきました。
1人でも多くの人の視野の拡張に繋がることが出来ましたら嬉しいです◎



それではまた次回の記事で!✋
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