信じる必要がない話ですが、少し考えてもらえれば嬉しいと思って書いてみます。
信じるべき答えは、誰かの中ではなく、自分の中にしかないからです。
これから世界は大きく変わっていく。
以前からそう感じていましたが、最近は特にその流れが強くなってきたように感じています。
僕自身は長期的には、良い方向へ向かうと思っています。
ただ、その過程では混乱や不安を感じる出来事も増えるでしょう。
今までの常識が通用しなくなった時、どうしたら良いかわからない。
変化の時代ほど、人は答えを外側に求めたくなります。
だからこそ、自分が何を聞いているのかを知ることが重要になってきます。
本当に見るべき聞くべきなのは、肩書きや能力ではなく、その言葉が持っている方向性だと思っています。
不安や恐怖を強め続けるのか。
それとも、自分で選び、自立していく方向へ向かわせるのか。
不安や恐怖を煽る言葉は、判断力を奪いやすい。
ただ、「全部大丈夫」「安心していればいい」という言葉も、同じ構造を持っています。
恐怖だけでなく、安心にも依存は生まれます。
人は、不安から逃れたい時ほど、「自分には原因がない」と言ってくれる言葉に惹かれます。
前世のカルマだから。
過去のトラウマだから。
何かの影響を受けているから。
一時的には楽になります。
過去に何かがあったこと自体は、否定しません。
ただ、そこに原因を置き続けさせる人間が多い。
しかも良かれと思って、たいていは無自覚に。
助けるつもりで、溺れさせている。
原因を過去に固定し続けると、人は今にいれません。
過去を思い出して苦しくなる時、苦しんでいるのは過去の自分ではありません。
今、この瞬間の自分です。
意味を与えているのは、常に今の自分だからです。
絶対的な善悪があるとは思っていません。
ただ、僕は自由を失う方向に違和感を感じます。
それが、この文章を書いている理由です。
霊視や予言も、すべてが嘘だとは思いません。
実際に何かにつながっている人もいると思います。
ただ大事なのは、その言葉がどこへ向かわせるかです。
自立へ向かわせるのか、依存へ向かわせるのか。
自由意志を強く縛ってくるものには注意した方がいい。
たとえ善意からの言葉だったとしても。
必要以上に情報を入れすぎないことも大切です。
「良い」「悪い」に強く振り回されている時ほど、外側の言葉に飲み込まれやすい。
自分で考え始めると、簡単に何かを盲信できなくなります。
自分で選び、自分で引き受ける感覚が育っていくからです。
何が起きても、自分で受け取る。
自分で決める。
そう言った意味では、人は騙されることはあり得ません。
それを決めたのは自分なのですから。