多くの人が信じている「願望実現ベースの幸福観」は、刺激依存のループになりやすいものです。
そもそも幸せとは何なのか。
夢を叶えたら、本当に幸せなのでしょうか。
私たちは幼少期から「夢を持て」「叶えれば幸せになれる」と刷り込まれてきました。
繰り返し言われ続けてきたので、その前提を疑うことすらなかったのかもしれません。
多くの人は「願望実現」の達成具合で幸福感を測っています。
「あの人は夢を叶えたから幸せだろう」
「事業で成功したから幸福に違いない」
その夢を達成した私を想像する・・・
確かに夢を叶えれば、一時的な達成感は得られるでしょう。
けれど、それは長くは続きません。人はすぐに慣れてしまうからです。
達成感はただの快楽、脳が一瞬の報酬に酔うだけの現象です。
それを「幸せ」だと教育や文化によって思い込まされてきたのです。
けれど快楽は消えるため、やがて人はより強い達成、より大きな刺激を求め続けます。
ではなぜ、達成感は得づらくなるのか。
その土台にあるのは「できるか分からない」という不確実性です。
幼少期は初体験が多いため、達成感が次々と訪れ、幸福を感じやすい。
しかし成長とともに既知が増えると、同じようには感じにくくなる。
難度を上げなければ快感を得られず、それはやがて閉塞感へと変わっていきます。
「大きな夢を持て」
「常に目標に向かって努力しろ」
こうした価値観は、夢を達成することこそが幸せだと刷り込んできました。
だが事実として、夢を叶えたからといって幸せになれるとは限りません。
この前提を疑わない限り、私たちは追いかけ続けるループから抜け出せないのです。
幸せは行動の結果ではなく、心のあり方にあります。
もし達成こそが幸せなら、私たちは一生、何かを達成し続けなくてはならないでしょう。
達成感は一瞬の報酬であって、生きる意味にはなり得ません。
もちろん、それも悪くはありません。
けれど、もし疲れたなら立ち止まって考えてみませんか。
生きる意味は「今ここ」にしかない。
すでに幸せだったという事実を見抜いたとき、刺激依存から離れ、心は落ち着きます。
未来は来ていない。過去はすでにない。
あるのは、いましかないという事実。
今だけが、私たちに触れられる唯一の現実なのです。
足るを知った人は、幸せを探す必要のない人生を歩き始めます。