神はプラダを着るのか?

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プラダを着た悪魔

という映画があった

あちらは

一流ファッション誌の

編集部を舞台にした映画だ



この映画で

プラダは高級ブランドの

象徴として扱われている



だが

高級ブランドは

決して

その人格を高めはしない



社会的な

ステータス(地位など)を

示すためには

有効かもしれないが

あくまで

金銭面にだけ焦点をあてた

とても偏ったものだ



高級時計しかり

高級車しかり

住居も食事も

余暇も学歴も何もかも

どれ一つとっても

その人のスピリチュアル性とは

まったく無縁のものである







スピリチュアル的には

物質は必要ではあるが

そこに重点を置くことはない



宇宙銀行とか

神の恩恵とか

スピリチュアルな

エネルギーの流れを

社会システムが捏造した

金銭物質の価値へと

変換すること自体が

根本的に間違っている



ディオゲネスを

思い出してみるといい



彼は

何ひとつ所有していなかった

彼は

何も持っていなかったのだ



だが

彼は誰よりも

多くを持っていた



これこそが

スピリチュアルな豊かさだ







ディオゲネスは

彼のエゴという個人では

何ひとつ持ってはいないことを

知っていたのだ



もし

彼の手元に

何かがあったとしても

それは借り物にすぎない

彼は知っていた

ありとあらゆるものが

この宇宙に、神に、存在に

属していることを



そして

それら全てが

宇宙の、神の、

存在の持ち物であることを



ディオゲネス自身の肉体も

ディオゲネス自身の魂もまた

神の所有物であることを

彼は理解していた



だが

彼のマインドは

彼のエゴは

ディオゲネスの持ち物だ



そして

彼のマインドも

彼のエゴも

ディオゲネスではない

ディオゲネスですら

彼の本性ではない







ならば

いったい誰が

お金を、地位を

名誉を、見栄を

見せかけの豊かさを

求めているのだろうか?



それが

マインドの暴走だ

あなたが

もし観照者として

マインドを眺めることが

出来たならば

やがて

その暴走は止まる

自ずと止まっていく



だが

決して

止めようとしてはいけない



その

止めようとする

その欲望が

新たなマインドの

ステータスとなる



スピリチュアルな

ステータスなどない

そんなものは存在しない



在るのは

ただ全面的な

明渡しだけだ







だが

明け渡しすら

望んではいけない

それは

マインドの新たな欲望となる



あなたに

出来ることが

あなたがマインドと

エゴと共に

出来ることがあるのなら

それが瞑想だ



それが

観照者だ



LOVE  Charam










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