今日は家の近くのお寺に写経しに行きました。
お寺での写経は、4〜5年ほど前に夫と五反田にある「薬師寺東京別院」でして以来です。(今回は私一人での参加です)
また去年は「写経セット」を使って、家で時折写経をしていました。
「薬師寺東京別院」は予約も要らず、好きな時に行って写経して帰るというスタイルでしたが、今回のは予約が必要で、参加者全員が一緒にスタートします。
また、前回は筆ペンも使えたのですが、今回のは「筆」のみでの写経でした。
私は久しぶりのお寺での写経を楽しみにしていたのですが、
筆を使ったのは本当に久々で、思うようにきれいに書くことができませんでした。
きれいに書くどころかものすごく下手で、書いてたら慣れるかと思いきや、最後までドヘタなまま。筆ペンで書くのとわけが違いました。
自分の筆の使えなさ、下手くそな字、凹んでしまいました。
また、ゆっくりじっくり書きたいと思ったのですが、
周りの人達が書き終わるのがものすごく早くて焦りました。
住職さんは写経が始まる前に、他の人が早く終わっても焦らなくていいですよ、と仰ってくださったのですが、そうはいっても、周りが次々と終わっていくのを見ると、
「あれ?私ってそんなに書くの遅いのかな?」と心配になってしまいました。
そうなると「早く書かなくちゃ」という気持ちと「いや、落ち着いて焦らなくてもいいんだぞ」という気持ちが葛藤してしまい、快適ではない気持ちのまま写経をすることになってしまいました。
字の下手さと書く遅さ。
いい気持ちになりに来たはずの写経で、凹んだ気持ちになってしまいました。
でも、誰が悪いとかそういう問題ではないんですよね。
ただ、「薬師寺東京別院」のスタイルの方が私に合っていたということは今回のことで分かりました。
とはいえ、だからといって今回のお寺での写経にもう行きたくないとか、行かないとか、そんな風には思わなかったんですよね。
筆での写経を家で練習すれば少しは上手になるだろうし、書く速さも速くなるでしょう。そのうえでまた今回のお寺での写経に参加するのもアリだよねって思いました。
そして何よりも、「字」の下手さや書く遅さに悩むフェーズは早く終わりにしたいなぁとも思いました。
だって字の上手さや書く速さは「写経の本質」ではないから。
今回なぜネガティブな気持ちになってしまったのかを考えた時、私は自分の感情と向き合うことになりました。
そしてこの出来事はなぜ起きたのだろうか、何か意味があるものなのだろうか、神様が何を学べと言っているのだろうか...などと考えましたが、
こういう抱いた感情さえも、「般若心経」の言う『空(くう)』であるのかもしれません。
このお寺では写経は2ヶ月に1回。次回は10月です。
もしかしたら落ち込んだ気持ちは今日だけで、筆での写経の練習はしないかもしれません(笑)
でも、きっと次回も参加するだろうなっていうのだけは確かな気持ちです。😁