心理学の実験の話です。
とある研究機関から500円もらえるとします。
「自分のために500円使う」or「見ず知らずの他人のために500円使う(贈り物や募金など)」
あなたはどちらを選びますか?
(考える時間)チクタクチクタク・・・
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「え!当たり前に自分のために使うでしょ!」と思う人もいると思います。
でも、この実験では答えはほとんど半々に分かれたんですね。
この実験、どちらを選んだ人の方が「満足度」が高かったと思いますか?
答えは「他人のために500円使う方」を選んだ人の方が満足度が高かったんです。
だって、よく考えてみてください。
自分がもらったとしても、500円でできることってすごく少ないですよね。
せいぜいコーヒー1杯飲めるくらいですね。
500円では、スタバのフラペチーノすら飲めません。
もらったところで、そこまで満足度が高くないことは分かるかと思います。
それでも、「自分の得にならない選択(=他人のために使う方)」の気持ちが分からない人もいると思います。
でも、500円もらわなくても、決して自分が損をしているわけではないんです。
だって、支払うのは研究機関ですから、自分は研究前後で何も変わらないのです。500円もらわなくても、金銭面では得もしていないし、損もしていないのです。
私も、この実験なら「自分のために500円使うこと」=「他の人にあげられた幸せを自分が得てしまったこと」で満足感よりもむなしさを感じそうです。
だから、他の人に使ってあげた方が、「誰かに良いことをできた」という満足できる時間は長くなります。その時間は、500円もらってコーヒー1杯飲み終えるよりも長いことでしょう。
「他人に対して良いことをする」というのは、結構幸せなことなんですね。
例えば、あなたが街で観光客に道を聞かれたとしますよね。
無事に教えられて、「ありがとうございます」と笑顔で言われたら嬉しいですよね?
私だったら、「今日、良いことをしたな♪」と嬉しく感じると思います。
「教えられないとしても、道を聞かれるだけで嬉しい」という気持ちは、分かる人も多いと思います。
たくさん人がいるのに、私を選んで聞いてくれたってことは、「優しそうに見えたかな?」「話しかけやすそうに見えたかな?」と思いますもんね(笑)
私も旅先で分からない時は、率先して現地の人に道を聞きます。
人って、自分にできる些細なことであれば、頼りにされたり、感謝されるのが嬉しいものだからです。
「他人のために良いことをする」=「自分も幸せを感じられる」というのを無意識に分かっている人は、先ほどの実験で「他人に500円使う方」を選ぶんですね。
「他人に500円使う」=「損した」とは思わないはずです。
突然ですが、あなたは車の運転をしますか?
私は地方住みなので車を運転するのですが、運転中、道を譲ってくれる車があるとすごく嬉しいです。
だから、私も「そのもらった恩は他の人に返さなきゃ」と思い、別の機会で他の車に道を譲るようにします(といっても、後ろの車に迷惑がかからないように台数は考えます)
世の中は、そういう親切の循環・感謝の循環であってほしいなと思います。
「他人のために良いことをする」=「自分が損をする」という考え方を多くの人がしてしまうと、みんなが自分のことばかり優先して、世の中がギスギスすることでしょう。
余裕がない時は仕方ないとしても、できるだけ人に親切でありたいものですね。
これは周りにまわって、自分が生きやすい世の中にするためでもあります。
人に感謝される行動を増やせば、頻繁に幸せを感じられるようになり、自己肯定感は上がります。
結果として、人への親切は自分のためにもなるんですね。
自己肯定感の上げ方として有名な方法に「人に感謝されたことを毎日記録していく」というのもあるくらいですから。
人は他人のために動くからこそ、幸せを感じられるのです。
いつも自分のためだけに行動する人は、いずれその幸せに虚しさが来ます。