今回は、復縁を目指している人、夢を追いかけている人など、特定の人や物事に執着している人に読んでほしい記事になります。
私は復縁を望む方々をサポートする立場ですが、皆さんこの執着にすごく苦しんでいます。
以前、執着については下記のことをブログで述べたと思います。
執着は「手放そう手放そう」と必死な時ほど手放せない。だから無理に手放そうと焦らなくて良い。気づいた時には、消えているものだから。
復縁においては、まさに「気づいたら執着が消えている」というパターンは多いです。
よくあるケースは下記3つです
①別のパートナーを見つけ、その人と幸せに過ごすことで、過去の相手の存在にこだわらなくなる
②復縁活動を長年必死にやってきて「もう自分にできることはすべてやった!」という達成感から、次第に執着が薄れていく
③振られたという傷が時間とともに癒え、元恋人の嫌な部分を思い出せるようになり、必死になって追いかける価値がない相手だと気づく
以前のブログで、「サンクコスト効果」というのを説明いたしました。
(「費用、時間、労力、お金」をかけた分だけ、その対象を手放せない心理のこと)
上記の心理により、復縁においても、夢においても、何か特定の対象にかける熱量が高かったほど、そう簡単に執着は手放しにくいです。
だから、執着から抜け出せない苦しさはとてもよく分かります。
「執着がなくなるときの感覚」を説明するために、一旦私のエピソードを挟みます(皆さん、私には興味がないことは承知の上です、すみません)
私は7年間、仕事で叶うのが難しい夢を追いかけ、時間も労力もお金も、自分のすべてをその仕事に注ぎ込んできた時期があります。つまり、私は夢を叶えることに強い執着をもっていたんですね。
「才能がない」「もう諦めた方が良い」周りから言われるたびに、心が傷つき涙しました。
でも、泣くということは、誰よりも私がそのことを痛感していたからだと思います。
例えば、細身の人に「デブ」と言っても、細身の人は「なに言っているんだろう、この人」くらいの感覚で悲しみません。
でも、「私は太っているかも」という自覚がある人に「デブ」と言うと、きっとその人はとても傷つきますよね。
これと同じで、「私には才能がない。すべてを犠牲にしてここまで頑張ってきたけど、夢は叶わないかもしれない」と私自身、気づいていたからこそ、周囲の言葉に傷ついていたのだと思います。
これは、復縁を希望している人にも同じことが言えます。
久しぶりに連絡した時に、相手の反応が悪かったら傷つきますよね。
でも、これはあなた自身が「相手は私にもう興味がないのかもしれない」と分かっているからこそ、傷つくのです。
「今はこんな感じだけど、いつか相手は私のところに戻ってくるだろう」と自信がある人は、相手が同じ反応をしても傷ついていません。
それだけ夢への執着が強かった私が執着を手放す時の感覚は
「本当に諦めることが許されるの?もうこれ以上苦しみたくないから許されたい」というものでした。
「許されたい」というのは、他者に求めたものではありません。
私は、夢を諦める自分に許されたかったのです。
身体的にも精神的にギリギリの状態を何年も続けたからこそ、「もうこの苦しさから解放されたい」という思いになっていたのだと思います。
「目標を追いかけるのが楽しいなら応援するけど、それよりもすごく辛そうに見える」と、そばにいた人からも言われていました。
だから、夢を諦めたとき、肩の荷が下りるような、大きな解放感がありました。「最後の方はもう意地だけでやっていたな」とその時にやっと気づいたのです。
だから、夢を追いかける人も、過去の相手を追いかける人も、少しでも楽しめるうちは追いかけ続けて良いと思います。
でも、何年も成果が見えない日々が続くと、ものすごく辛くなると思います。「いつまで私は頑張り続ければ良いんだ」、と。
精神的にボロボロになるほど精一杯頑張った後、それでも成果を感じられなかったとき、執着を手放すきっかけは訪れます。
その時にはもう「諦めたら、もうこれ以上、苦しまなくて良いんだ」と安堵感さえ覚えることでしょう。
復縁においても夢においても、諦めることを考えたとき、悲しみよりも安堵感の方が強い人は、そろそろ執着を手放せる時期だと思います。
逆に、諦める事を考えた時に、悲しみや恐怖心・絶望感の方が強い人は、執着を手放せるのは今ではないと思います。
「復縁できない未来を考えるだけで怖い」とか「夢が叶わないなら生きている意味がない」というような感覚だと、まだ執着が強すぎて手放せるような段階に入ってないからです。
執着が今でも強く残っている人は、
・自分にできる精一杯の力をまだ出せていない
・どん底だと思うほどの苦しみをまだ味わっていない
このどちらかだと思います。
人生なかなか思うようには進みませんよね。
でも、苦しんだ先には、あなたにとって本当に大切なものに出会えたり、本当に大切なものに気づける喜びが待っています。