これが統合失調症の一因か?

記事
コラム
こんにちは、やすのりです。
僕は1985年生まれですが、僕は生まれつきのアトピー性皮膚炎と、13歳頃からの統合失調症が40歳になった現在(2025年)もあります。今日は、少し前に読んだ本の一節を、ご紹介させていただきますね。

ジャン・バニエの著書より

“パウロは、神のあり方を、わたしたちに述べています。神のあり方は、自分が最も強く、最も偉大である、あるいは、最も知恵がある者であることを宣言するものではありません。また、権力や光栄を欲するといったありようでもありません。そうではなく、自分を低くし、最も小さな者になり、人間と同じ存在、それどころではなく、奴隷、しかも、さらにその中でも見捨てられた奴隷となり、最底辺へと進まれたのです。

そこは、階段の最下段で、他の見捨てられた人、最も貧しく、最も小さな人を、キリストは見出されます。そして、その人たちとともに、コミュニティーを創ろうとされます。人類という体は、野心と権力と成績への欲求によって、引き裂かれており、キリストが、その体を創り直そうとされるのは、最も小さな人とともに、その人たちから始められます。

そうです。神の見方。これは、階段を降り、自分を低くし、最も下へ向かい、最も貧しい人、小さい人たちと一緒になることなのです。そして、誰も置き去りにせず、誰も忘れず、誰も見捨てることのない、新しい人類を創り出すために、彼らと一緒に、再び上るのです。

人間の見方は、可能な限り上へと、絶えず、階段を上ることを望みます。競争で勝利を得、権力を勝ち取り、能力、権力、富を獲得し、支配し、光栄、つまり、人間的な評判を得ることです。

イエスの秘密。これは、小さな人々と一緒に希望のコミュニティー、神の国というコミュニティーを創るために、蔑みと、小ささのうちにいる弱い人々を、再び見出すことにあります。”

ジャン・バニエ/著、佐藤仁彦/訳、西村勝佳/発行者、一麦出版社/発行所、『永遠の泉 - いま、泣いているあなたは幸いです』132-135ページより引用。

引用終わります。
以下、やすのりの文章です。

精神疾患は、個人の病というよりも、社会の病(病理)を反映しているとよく言われますが、僕は思うに、これは僕の推測に過ぎませんが、このジャン・バニエの言葉にあるような、力に引き裂かれる感じや圧迫される感じなども、もしかしたら、統合失調症の複数要因のうちの一因なのかもしれない、と個人的には思うこともあります。これは他の病にも言えることかもしれません。
人は、時には向上心を持つこともいいですが、けれどもそれだけではなく、ありのままの良さや存在を認める、無条件の愛をも持つことができたなら、素敵だなと僕は思います。重い障がいなどで、もうがんばれなくなったなら、無条件の愛(あるいは神の愛、アガペーの愛など)だけがあれば、それが一番大切なのかもしれません。
最近は、統合失調症も全体的に軽症化の傾向があると言われていますが、それはきっと治療が進歩しただけでなく、わたしたちの社会が変化した影響もあるのかもしれませんね。わたしたちの社会も、益々優しい社会になっていけますように。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら