こんにちは皆様。
突然ですが、長女は妖怪好きです、妖怪というか水木しげる先生が好きで、部屋には水木水木しげる全集がずらり。
当然妖怪には詳しい。
しかし、その長女も妖怪で解らない事が在る。
或る日の朝である、何時もの様に朝食を食べていた、我が家の朝食は余り言葉を発しない。
お腹が空いているのと、まだ頭が目覚めていない人間が4人いても、誰も言葉が出ない、言葉を出す為には頭を動かすのが必要なのだ。
その日は珍しく長女が言った。
「小豆洗いの洗った小豆は如何するんだろう?」
えーそれ考える、それよりは小豆洗いは何をしてるの?と思わない?だって怖がらせるだけで、他に何もしてないよ。
私の想いとは裏腹にこの話題は我が家のトレンドになった。
シンエバンゲリオン位のトレンドのワードが、小豆洗いである。
「うーん、赤飯なら米も洗わないと。」これは3女である。
「餡にするなら砂糖が足りない。」2女が言う。
何だか訳が分からない会話だ、長女も炊くしかないよねと言っている。
たぶん猫たちは、この人たち何を考えているんだと、思っただろう。
私が思うに、小豆洗いは小豆を洗う事で存在する。
歌手が歌を歌うように、芸人が芸を見せるように、洗う事が存在意義なのだろう。
本人は「何ができるんだろう」と思っているかな?
いつも有難うございます。