「タヌキの罠と人間の心理:山寺の顛末」

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小説
昭和五年、摂津の国の山寺の和尚さんは朝眼が醒めて顔を洗う時に入れ歯が無い事に気が付いた。
夕べ家内がタヌキ汁を作って呉れたので美味しく食べた。
入れ歯が無いとタヌキの肉を食べる事はできない。
寝床に戻って探したが見つからない。
しょうがないから顔を洗って家内に入れ歯が無いと言ったら、口に入れた儘寝たんじゃないの言われ、そう言えば夕べ晩酌を家内に無理にせがんであと一本付けて貰った。
それでいつもよりも酔いが深かったので入れ歯を外す事を忘れて寝てしまったのかもしれない。
しかし自分の口の中に現在入れ歯は無い。
何処に行ったのだろう。
オカシイな。
家内が言うには、あんた寝ている間に飲み込んだのじゃないのと言われ和尚はそんなバカな事があるかと思ったが、家内の言葉に触発されて段々とそうかもと思って来た。
そう思えば不安になってきた。
飲み込んだ入れ歯は今自分の腹の中にある。
腹に詰まって大変な事になるかもしれないと思うと気が気では無くなった。
そうなると段々と腹が痛くなって来た。
体から力が抜けて来た。
これは大変だ医者に行かなくてはならない。
しかしこの山奥の山寺から町の診療所に行くには結構な距離が有り何里も歩く必要が有る。
でも腹は段々と痛くなってきたように感じて和尚は油汗を滲ませた。
どうしようと家内に言ったが家内は、あんたは檀家の人達には殺生するな四つ足動物を食べるなと言いながら自分は内緒で夕べも罠に掛けたタヌキを私に料理させた。
罰が当ったのだと冷たく言った。
和尚は苦笑いしたがこの腹の違和感はどうしても苦しい。
和尚は家内に但馬診療所に行くと言って気を決して歩いて町の診療所に向かった。
山道を超え谷川に掛かる橋を渡り獣道をずっと進んでやっと町に着いた。
診療所の医者は和尚の腹を抑えながら首をかしげている。
入れ歯を飲み込んだのですか。
飲み込んだとすればこの診療所では対処できないから県の中央の病院まで行かないとダメだなと断定的に言った。
和尚は増々顔から血の気が引いた。
一方和尚の家内は和尚を送り出した後に暢気に掃除を始めた。
其処へ郵便配達の人が配達物を届けに来てくれた。
何時もこの時間帯に本山からの通知や檀家の人達の手紙などが来る。
此の暑いなか配達ご苦労さんと言って、今冷たいお茶を出すから飲んで行きなさいと言って郵便配達の人に休養を促した。
先生入れ歯を取り出すのはどうするのだと和尚は訊いたら、腹を割いて取り出すのだと聞いて気が昏倒する思いだった。
医者はこちらの診療所から車を用意して県の中央病院に搬送すると言った。
和尚は高齢だし腹を割かれたら俺は死ぬかもしれないと完全に落胆してもう歩く力も無い位に憔悴してしまった。
昭和五年の頃だから車を手配すると言っても直ぐにはできない。
結構な時間が経った。
其の間和尚は心配で体が冷えてしまった。
腹の痛みもさっきよりも酷くなった感じだ。
其処へ丁度郵便局の配達員が診療所に郵便物を配達して来た。配達物を院長に渡しながら、ここに山寺の和尚さんが来ていませんかと言ったので、ああ居るよと言ったら一枚の便箋を折り畳んだ物を院長に渡した。
院長は訝し気にその便箋を開いて文章を読み終わった時に笑い出した。
そこには、電報のような文面で、イレバネドコノシタカラミツカルとカタカナで書かれていた。
和尚さん、入れ歯はあんたの寝床の下から出て来たとの知らせだと言った。
郵便配達の人が冷たい茶を飲んでいる時に、和尚の家内は掃除で和尚の入れ歯を発見した。
郵便配達の人は今から町の診療所にも配達に行くと言う事なので、この便箋を託したのだった。
それを聞いた和尚は安心した。
もう診療所に居る必要は無いので早速、院長にお礼を言って診療所を出た。
久しぶりの町にきた。
和尚は深呼吸をした。今迄の心労は何だったのだろう。
実際に入れ歯は腹に入っていないのに何故腹が痛くなったのだろう。
何故歩く元気も無くなるようになるのだろう。
人間の思いと言う物は不思議な働きをするなぁと。
しみじみ思って町の空の青空を見上げてそう思う和尚だった。
やっぱりタヌキのバチだったのだろうかと思った。
そしてのんびりと山寺に向かう和尚だった。
最後まで読んで呉れて有難う
三東周矢(^^)y


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