自覚⑥

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コラム

自覚⑤の続きです。

「自覚シリーズ」として書き綴っていますが、内容はもはや自覚とはかけ離れてしまいました。(笑)

ただ、「なぜ、自覚が大切なのか」は、含み続けていますので、自覚タイトルで続けてみたいと思います。

「気持ち」は、「智慧」であり「知恵」でなく、「気分(感情)」でも、「思考」でもないを説明してきました。

では、「気持ち」は、どこから生じてきているのでしょうか?

それは「心」と、私は位置付けています。

ここで、「心」の説明(私の定義)を少ししておきます。

たとえ話ばかりで申し訳ないのですが…(苦笑)

ここに、竹林があったします。
竹が、山一面に生えていたとします。

地表に見える部分(竹稈など)が「気持ち」だとしますと、地中にあり地表からは見えない部分(根など)が「心」になります。

人が認識できるのは地表に見える部分「気持ち」で、「心」にあたる地中部分は認識できません。

あくまでも私の定義ですが、「心」は認識できない部分として定義しています。

その認識できない「心」を、認識できる形にしたものが「気持ち」になります。

ですから、「心」を知りたければ、「気持ち」を知ることが重要になります。

単純に「心」ってなに?と聞かれても答えに窮すると思うのですが、「気持ち」ってなに?と聞かれた方が答えやすいと思います。

---続く

かゎら


気持ちのままに 心のままに 想いのままに ありのままに
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