本当か嘘かわからなくても「情報」には力があるんだと思います。
ジャニーズ。
私はアイドルに興味がないので、ふーんという感じなのですが、
「ジャニーズ喜多川」の事件を知って、
性的被害者たちに、キャーキャー言ってるってどうよ。
となりました。
喜ばせ組?!
それからジャニーズファンをみると、心に大きな川が流れる。
性的に搾取された悲しみや怒りや、そんな気持ちを抱えながらテレビ活動するって、残酷。
それが大人の世界といえばなんともいえないけれど、事実を揉み消す、枕営業。
権力と立場とお金を持てば、相手が嫌がろうと、一方的にやりたい放題する部分。小さな会社でも家族でも同じ構図があるのではないでしょうか!
それが人のサガといえばそれまでだけど、感覚的な部分。
自分と関わりがなければそれまでだし、それぞれ、それぞれの正義の世界が繰り広げられ、
当然、不快だなと感じる人は、避けるわけで。
だけれど、その不快な人が上司や生活に関わる人であったら、最悪ですよね。
そのお悩みは多い。
見るたび、気持ちわる、いややわーという不快感を味わうわけで・・・
だけれど、人の脳というのは不快を好む一面もあり、わざわざ不快を味わい、
そういう人にはなりたくないとか近づきたくないとか確認する。
ホラーも事件や事故も、ある一面では求めてしまう。
お化け屋敷。昔は「見世物小屋」というのがあり、体に障害のある人がお金を得る手段。まだそれがある国もある。
日本は「はだしのゲン」という漫画が禁止になりました。
残酷なリアルを描いた漫画です。
あれは昔読んだけれど、今はもう見たくない。
私にも「蛾」みたいな人とか、不快感を感じる人はいて、避けるけれど、そういう人に限って、避けてることに、気がついてくれないとか。
そのうちどうでもよくなるんでしょうが、
あの子はいいけど、あの子と付き合ってる女が嫌!
だから、あの子にメリットがゆくとあの女がいい気分になるから、
両方いらない。
となるんですよね。
嫌いな人にメリットがいくのが嫌。
だと思います。
ただどんな情報であっても、そこから実行するかしないかはその人自身。
そして、人付き合いは腹六分とかいうのは、知らなかった方が良かったことの方が多いからのような気がします。
そもそも、知りたくないし、聞きたくない。
どうでもいいし、関係ないからです!
ただ仕事になると私の場合話は別になり、占いに来てくださるお客様って、恵まれてる人ばかりだなと想ったりします。
私は昔「占い師」にいいイメージはなかったし、避けたい印象。
それが実際体験してみると、イメージより、事実を知り、困っている人が占いにくるという感じではなくなりました。
多くは、自分の心と丁寧に向き合う人という印象。
知らないくていい情報がテレビをつければたくさんある。
事件や事故、知らなくても生きてゆける。スマホもなくても生きてきたし、
でもそんな時代だからこそ、「自分はどうしたいか?!」が問われ続けれいる気がします。
自分だけのオリジナルの人生。
だらだらしてるもいいし、頑張って挑戦してもいい、もともと自由な世界。
迷惑かけても、優しくしてもなんでもいい。
ルールを破れば、なればそれなりの現実があるだけ。
それだけ。そこにいいも悪いもない。
そう、多くの人にとって、大したことがない人生になるのは間違いない。
その大したことのない中でどう生きるか、自由。