お返しの勘違い

記事
学び
人に何かしてもらった後
お礼の気持ちを伝えたくなるのは自然なことです。


私たちは様々な方法で感謝の気持ちを表現することができます。

ありがとうと気持ちを言葉や手紙で伝えたり
感謝の気持ちと共に品を差し上げたり
食事をご馳走してあげたり・・・


私が子供を出産した時
友人やご近所さんからお祝いの品やご祝儀をいただきました。

大体いただいた品の○%をお返しする。

という私にとって仰天な風習に嫌気が刺したことがあります。
それで皆んなには何も持ってこないように重二分にお知らせして遊びに来てもらっていたことがありました。
(出産当時はマイナス家計でしたのでこれ以上のお返しが出来ない状態にあったのも理由です)


2人目を出産した後はいただいたご祝儀全てをお返しに回す
というやり方もしました笑
このお金で赤ちゃんのものを買ってね
と思いを込めてくれた方、知ってると思いますが全て「お返し」に使いました笑


【お返し】ってなんだろう?
なんか違うよな。って疑問に思っていた私は
この疑問の中に完全な勘違いを根強く種を撒いていたことに気づいたのです。


実母が私に言った

「お返しは必ず!絶対に○%返しなさい!これが大人の礼儀!」

の言葉で私は完全たる勘違いをしていたのです。


親の言葉を鵜呑みに受け止めた私は
お返し=悩むこと(ちょっと迷惑)
になってしまっていて、人から何か品をいただくとお返しを考えなくてはいけないので、苦痛で仕方なかったのです。


実母は世間を気にして、世間からはみ出している私には絶対に守って欲しかったこのお返し風習が
私には
お返し=義務
と受け取ってしまい

本来の

お返し=感謝の気持ちを伝える

から遠く遠くかけ離れてしまっていたのです。


お古をくれた方にもお返しを!
と口酸っぱく風習を教え込む母親の助言で

人からの優しさに気づけなかったり
人に良くされても感謝の気持ちが湧いてこなくなりました。


感謝の気持ちが湧いてこないと
肝心な時にありがとうも本心で言えなくなってしまい。

そんな気持ちがエスカレートして
なんか最近人と話してもちゃんと話せていない気がする。。。
自分の気持ちを伝えるのが苦手になってる。。。

という沼に入り込んでしまっていたのです。


それから様々な方法で会話力を身につけようともがきました。

・人と話す時は相槌に気をつけよう
・まずは相手の話を音のない相槌でしっかり聞いてあげて
・自分の話は結果から伝えるように心がけて
・話が長くならないように気をつける
・自分の意見がないときは恥ずかしがらずに、それについてはまだ良く自分の意見がまとまっていないと伝える


でも、根本的な【お返し】に関しての悩みを解決していないので気持ちが鈍ったまま会話力をつけようとしていたので
会話は盛り上がりますが
心は晴れないまま。。。



そこでお返しに関して
風習を越えて自分なりに表現してみようと決めようと思いました。


お返し=感謝を伝える X
お返し=感謝を回す  ◎

これを実行してみたのです。




人によくしてもらったら
他の誰かに優しくしたり、助けてあげる。

感謝すべき人から一旦目を離したのです。


・挨拶するかどうか迷っている人に 笑顔で挨拶をする
・時間がないけど今日は部下の話を20分ゆっくり聞いてあげる時間を作る
・道に迷っている人に声をかける
・家族にいつもありがとうと感謝の言葉をかけてみる
・道に落ちているゴミを拾う
・家を掃除する

どんなに小さなことでもいいです。

感謝の気持ちをキャッチボールのように繋げるのではなく
横に広がるように
感謝という行動を1つだけでもいいので意識して行いました。


感謝を回す
を数ヶ月続け、習慣化された時
感謝という感性が磨かれ
良くしてくれた相手へのお返しに悩むことはなくなりました。



そして相手への感謝を◯%返しという史上最強に失礼なことも快く止めることができました。

これは相手の行為を数字という下品な方法で評価しているのと同じです。

こんな古い風習は現代には合ってないと胸を張って言えます。

お返しが欲しくてお祝いを持って会いに来ている訳ではない目の前の人へ
自分が心地いいと思える感謝の気持ちを伝えるスキルを身につけられたらもっと良くないですか?



お返しの勘違いから解放されれば
真の感謝の気持ちを持って生きていくことができますよね。












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