「好き」を思い出した日

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コラム
今日は自分の中にある

本来の「好き」という感覚について書いてみたいと思います。


最近の私は
時間を見つけては引越し先の自宅のキッチン周りの整理やDIYなどに奮闘しています。


その中で、新しく観葉植物を買い足そうとお店に行った時
自分の中でひとつ、大きな気づきがありました。



一見すると取るに足らないことのように見えて
でも、私にとってはとても大切なことでした。



・・・ ⭐︎ ・・・



私はこれまで、在宅での仕事の中で
何気なくPinterestやインスタに出てくる
“理想のデスク”のようなイメージをSNSでたくさん見てきました。


思い返してみると

風水で「水回りにはこういう植物がいい」とか
お店の前の方に並んでいる“人気そうなもの”とか



いつの間にか私は
そういう“わかりやすい正解”を選ぶようになっていました。


お気に入りのマグにラテアートの乗ったコーヒー。
その隣には、整えられたペンと手帳。
そしてMacBookと、さりげなく置かれた観葉植物。


部屋に置いたらきっと“それっぽく”見えるもの。



中でもよく目にしていたのは
ぽってりとした多肉植物。



色が濃くて、少しマットで、どこか砂漠を思わせるような質感。
それをひとつ置くだけで、空間がぐっとモダンに整う。

水やりも頻繁じゃなくていいし、育てやすい。
“ちょうどいい”存在でした。


でもその日
お店に入って真っ先に目に入ってきたのは
レインボーファーンやアジアンタムのような

葉っぱが小さくて
光をやわらかく受けるような
どこか繊細で、静かな佇まいの植物たちでした。



本当は、このシャラシャラと小さな葉が風に揺れるような感じが私はずっと好きだったんだと思います。


でも、手入れが大変そう。
枯らしてしまったらどうしよう。
こんな植物を選んだら、自分の繊細さや弱さを象徴しているようで、なんだかイヤだな。


そんなふうに
無意識のうちにいろんな理由を並べては
お店でピンときても、今まではそのまま通り過ぎていました。


でもこの日、あるお店に行った際
美しいレインボーファーンやアジアンタムの前で足が止まりました。


その繊細さや葉の緻密さ
豊かな緑の中にある、たおやかで女性らしい質感や雰囲気に目を奪われて


やっぱり、これが好きだったんだと
静かに、でも確かに感じることができた瞬間でした。


本来の自分の中の「好き」という感覚にYes!ということができて


ずっと奥にあった
ウソのない自分本来の感覚に
やっと触れられたような安堵感でいっぱいでした。



・・・ ⭐︎ ・・・



私たちはいつの間にか
「好き」よりも「正解」を選ぶことに慣れてしまっているのかもしれません。



でも本当は
巷に溢れる正解やスマホを開けばいつでもアクセス出来るものではなく


自分の中で
それに触れると自分の目が光出すもの
ほんの少しでも心がゆるむもの



その感覚こそが大切で
他の何よりも尊く、価値のあるもだと思います。


自分の中に
そっとしまっている「好き」はありますか。

もしそんな感覚に触れる瞬間があったら、
それを少しだけ、大切にしてみてもいいのかもしれません。
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