障害年金の請求文章例

コンテンツ
ビジネス・マーケティング
1 発病したときの状態と発病から初診までの間の状況

 仕事上、私の許容範囲を超えるストレスが掛かりました。 *年*月*日頃に、上位の立場にある取引先による抜打ち監査が私の職場に入りました。私の役職名は**でした。 抜打ち監査が終わると、会議室で四名か五名の監査人に、テーブル越しで相対し、大声で叱責を受けました。彼らはテーブルを叩いたりして、恫喝してきました。以前からその取引先によるプレッシャーは大きいものでしたが、もう耐えられるものではなくなりました。15年勤めてきたキャリア全てを否定された気持ちになりました。 
 翌日は事後処理の為に出勤しましたが、その翌る日からは通勤時の電車に乗れなくなり、仕事を休み始めました。毎朝、起き上がるものの次第にスーツの袖に腕を通すことすら出来なくなりました。終いには自宅から一歩も外へ出ることが出来なくなりました。  
 そのうち布団から出ることすら億劫になりました。食は細くなり、体重が1ヶ月で15キロ減りました。時には一食も食べられない日もありました。 朝、起きられなくなり、一日中、得もしれない不安感に包まれました。頭が回らなくなりました。 着替えも、入浴も妻の介助なしでは行えなくなりました。介助があったとしても、それを断る日の方が多くなりました。毎日考えることは「消えてなくなりたい」だけでした。 何のきっかけもないのに、涙が止まらない日が続きました。

2 左の期間の状況
・通院回数
 *年 13回
 *年 28回
 *年 21回
 初診日に主治医から「うつ病のうつ状態にある」と言われ、
抑うつ気分、思考制止、不安焦燥が強いので直ちに休職するように指示さ
れ、診断書を作成されました。
 同日**の処方をされました。最初の方は**の副作用なのか、布団から全く起きられなくなりました。週に一度の通院を繰り返すうちに処方される薬が**から**に変更され、精神上は安定してきました。それでも日常生活は妻の介助無しでは困難でした。通院出来るのが関の山で、病院までの徒歩の間ですら、暑くもないのに、全身が汗まみれになり、動悸が激しくなりました。
 仕事のことを時に思い出すと、思考が停止し、何も出来なくなりました。 薬が合っても、得もしれぬ不安感は消えることはありませんでした。変わら ず、「消えてなくなりたい」と思わない日はありませんでした。
  次男が高校生になるタイミングで、入学金や各種費用を工面するためには 傷病手当金や妻の収入だけでは生活していけないことがわかり、日に日にプレッシャーとなってきました。大黒柱なんだ、しっかりしろと自らを鼓舞するようになりました。得もしれぬ不安感は消えることはありませんでした。 
  *年*月*日の診察では、双極性障害を指摘され、**の処方が開始されました。 変わらず自宅では妻の介助なしでは、食事を取ることも、入浴することも 出来ませんでした。 妻には働いて貰わないと生活が成り立たないと何度も言われました。その度に、涙が止まらなくなり、喚きちらし、時には妻に手をあげることがありました。 何もしたくないし、何も出来なくなりました。布団の中で寝転がったまま、便を垂れ流すこともありました。自己嫌悪感は、より強くなっており、 四六時中どうやったら・・・を考えています。消えれば生命保険が入ってきて、家族の生活を支えられると思っています。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら