新千夜一夜物語 第1話:自殺と輪廻転生

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【序章:運命の邂逅】

『もうこれで終わっていい。天命を全うできないなら、生きている意味がない。もしも本当に神がいるなら、こんな命はもういらない。お前らの好きにしろ!』

青年は空へ向かって叫んだ。もっとも、命を捨てたいという思いがあっても、そこは彼が命を落とす要素はまったくないような参拝客がいない古びた神社である。

「ほっほっほ。では、そうさせてもらおうかの」

『うわあ、だ、誰ですか?!』

誰もいないと思っていたはずなのに、恥ずかしい場面を見られてしまった青年。
彼に声をかけたのは、あやしい格好をした初老の男性である。

「ワシか? ワシはしがない陰陽師じゃ。あの世とこの世の仕組みを把握し、お主のように努力をしているのに報われず、命をかけてでも天命を生きたい人間をサポートする存在じゃ」

『確かにそんな生き方をしたいとは思っていますけど、初対面でいきなりそんなことを言われても、あやしすぎて信じられませんよ』

「そうかいそうかい。信じるか信じないかはそなた次第じゃ。ただ、どうせ死を選ぼうとしておるのなら、命を絶つのはワシの話を聞いてからにしてもいいであろう?」

陰陽師を名乗るその男性の言葉には心に直に届くような力強さがあり、その瞳には揺るぎない自信がみなぎっていた。発言はあやしくとも、人を信じさせるような不思議な力があった。

『・・・わかりました。どうせ暇でやることもありませんから、あなたの話を聞いてからどうするかを決めます』

「そうかそうかでは、ワシの家で話をしよう。すぐそこじゃ」

陰陽師を名乗る男の家に向う道すがら、青年が訊ねた。

『とりあえず、あなたのことは先生とお呼びすればよろしいでしょうか?』

「なんでもいいが、そなたがそう呼びたいと感じたならそうするがいい」

青年が案内されたのは高層マンションの一室であった。あやしい男性のイメージとは裏腹に、お札やパワーストーンや神棚もない。掃除が行き届いた綺麗な洋風のリビングだ。

『陰陽師なのに、とても現代的でまっとうなお部屋なんですね…』

「目に見える物質など、目に見えない存在に対しては何の影響力もない」

『えっ、そうなのですか。おっしゃっていることが、よくわからないのですが』

「まあ、そうじゃろう。これからいろんな話をしていくから、少しずつ理解したらよい」

こうして、生きる希望をなくした青年と怪しい陰陽師の対話が始まった。




【第1話:輪廻転生と自殺】
『僕は死んでもいいと思っていたのに、どうして声をかけたんですか?』

「その質問に答える前に一つ訊きたい。そなたは、どうして死にたいと思ったんじゃ?」

『これ以上辛い思いをして生きるくらいなら、今すぐ死んだ方がいいと思ったんです』

「未来に対して希望よりも絶望の方が多いと思ったわけじゃな?」

『その通りです! よくわかりましたね! 僕の心が読めるんですか? さすが陰陽師ですね』

「ほっほっほ。じゃがのお。残念なことに、自殺してもラクになるとは限らないんじゃよ」

『どうしてですか? この苦しみから解放されるんですから、少しはラクになるはずです!』

「そなたは、輪廻転生という言葉を知っておるかの?」

『言葉と意味はなんとなく知っていますが、そういうあやしいのは基本的に信じないようにしています』

「まあ、信じなくても構わん。そういう説もあると思って聞いておくれ。そなたの質問の答えにもなるからの」

質問の答えが聞けると思い、黙る青年。現金である。

「ワシがみるに、死んだあとに魂は肉体から離れてこの世からあの世に一度戻り、休息してから再びこの世に生まれてくるのじゃ」

『この世とあの世って、どういうことですか?』

「この世とは今ワシらが存在している地球のことで、あの世とは魂だけが存在する場所と考えてもらっていい」

『死んだら終わりだと思っていたのに、また生まれてこないといけないんですか?!』

「その通りじゃ。残念ながらそなたの命は1回限りではなく一定期間続いていく。しかも、今の肉体での修行を全うせずに中途半端な形で放棄するようなことがあれば、次の人生は今回よりもさらに過酷になる可能性がある」

『ただでさえ今の人生が辛いのに、次はもっと辛い人生になるということですか?! どうせ何度も生まれ変わるんだったら、修行が過酷にならなくてもいいじゃないですか!』

「何度も無限に生まれ変わるというわけではなく、生れ変わる回数が決まっておるのじゃよ」

『……ちなみに、何回あるんでしょうか?』

「400回じゃ」

『よ、400回も……。これは僕だけではなくみんななのですか? 僕はもう修行したくないので、せめて何回か免除できないんですか?』

「この回数は誰しも例外はない」

『マジですか……。でも、来世は猫になってのんびり可愛がられながら修行をしたいと思っていたんですけど、そのようなことは不可能なのでしょうか?』

「残念じゃが、その通りじゃ。人間は400回生まれ、人間としてしか生まれ変わらない。つまり、そなたは来世も人間ということになる」

『そ、そんな……。羨ましいな、猫め。ちくしょう……』

猫には猫なりの大変な猫生があると思うが、ひどい言い様である。

『じゃ、じゃあ、休息ってどれくらいですか?! 死んだらすぐに生まれ変わるんですか?!』

「あの世に戻って再びこの世にやってくるまでにこの世の数え方で計算すると28年かかる」

『なんだか微妙な数字ですね』

「微妙かどうかはともかく、そなたの祖父母が亡くなって、そなたに孫ができる頃には地球のどこかにいるということじゃ」

『なるほどです。そう思うとなんだか不思議な感じですね。僕のおじいちゃんが僕の孫の年代として生まれ変わっているなんて』

「じゃが、ここに一つ問題がある」

『とおっしゃいますと』

「亡くなった人がみんなあの世に帰還できるとは限らないんじゃ。そなたは地縛霊という言葉を聞いたことがあるかの?」

『はい。特定の場所に居座ることで心霊スポットを作り、近づく人に取り憑いたり害を与える恐ろしい存在ですよね? 僕は見たことがないのでよくわかりませんが』

「ふむ、その認識は半分以上ハズレじゃのお」

『え、僕の認識はそんなに違っていますか?!』

「地縛霊というのは基本的に悪意がなく、必ずしも人に悪さをしているわけではないのじゃ」

『でも、テレビ番組でカメラが突然使えなくなったり、写真に変な画像として映っているのを見たことがありますが』

「あれはな、あの世に帰還できなくて苦しんでいるゆえの現象なんじゃ。気づいてほしい、あるいは助けてほしいから、ああ言った現象を引き起こしているのじゃよ」

『そうだったんですか……。もしそうだとすると、なんだかかわいそうですね……』

 実際には、呪いのように特定の条件を満たした人物の念が生きている人に害を与えることもあります。

「じゃから、そなたが今ここで命を絶ったとして。この世に未練や執着が残っていたら次の人生が過酷になるどころか、魂のままこの世に留まり続けることになってしまうというわけじゃ」

『でも仮に魂だけになったのだから、それはそれで行きたいところに自由に行けるんじゃないですか?』

「そうではないぞ。地縛霊の行き先は二つに別れる。一つは親族や子孫に憑く」

『僕には直系の子孫がいないので、両親か親族の子孫の誰かに憑くんですかね?』

「ふむ。では、仮にそなたが親族の子孫の誰かに憑いたとして、その人が亡くなったらどうなると思う?」

『え? 僕の魂もその人と一緒にあの世に帰還するんじゃ?』

「いや、それは無理じゃな」

『どうして無理なのでしょう』

「それはな、自力であの世に還る権利があるのは死んだ瞬間の一回きりだけだからじゃ」

『えっ、それじゃ一度あの世に戻り損ねたら自力であの世に戻ることはできないのですか』

「そのとおり。仮にそなたが憑いていた人間が自力で親が無事にあの世に無事帰還できたとしても、残念ながらそなたの魂はこの世に留まったままじゃ」

『そしたら、今度はどうなるんですか? また違う親族の子孫に僕は憑かなくちゃいけないんですか?』

「そう、そのとおりじゃ」

『でも、もし親族が全員この世からいなくなってしまったら……?』

「亡くなった人間に子孫がなく、縁者が誰もいない場合は、残念ながら死んだ土地に憑くことになる」

『だから、特定の場所に地縛霊は居座っているんですね……』

「まあ、そういうことじゃな」

『じ、じゃあ、地縛霊にならずに無事にあの世に帰還するにはどうしたらいいんですか?』

「まずは死ぬ瞬間にこの世に思いを残さぬ生き方をすることじゃ。簡単に言ってしまえば、毎回の人生において悔いが残らぬように、魂の修行に専念することが大事になってくるというわけわけじゃな」

『ということは、僕が今まで苦しい思いをしてきたのも、修行なのでしょうか?』

「そういうことじゃ。人生には楽も苦もある。楽ばかりに見える人だって陰で苦しい思いをしているかもしれん。逆に、苦しみしかないと思っているそなたの人生においても、捉え方を変えれば楽や幸せがあるはずじゃ」

『いえ、それだけは絶対にないです』

即答かつ完全否定。取り憑く島もない。

「今のそなたにはわからないじゃろうが、いずれの体験もそなたにとってかけがえのない“魂磨き”になっているということを悟る日が来るかもしれん」

『“魂磨き”ですか。そんなことなんて別にしたいとは思いませんが、地縛霊化してこの世に留まり続けるのもイヤですね』

「まあ、そうじゃろうな」

『ちなみに、僕が地縛霊化して親族の子孫の誰かに取り憑いたら、その人はどうなるんですか?』

「いい質問じゃ。それは次回に話そう」
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