【比較グセを自覚する】

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日常的スピリチュアル、安田です。

他の人、周りの人と比較しても
意味がないことを知っていても
反射的に比較してしまい
比較することが癖になっています。
比較しないで歩むことができれば
自分のペースで歩むことができ
健全な成長ができるのですが
比較してしまうと
無駄な無理が生じてしまい
心理的なバランスを崩し
健全な成長ができなくなります。
比較してしまう根底心理は
自意識過剰なのです。
自意識過剰というのは
「自分は見られている」という
勝手な思い込みなのです。
見られているという
思い込みによって
他の人、周りの人と比べてしまい
劣っているのか
優れているのかを
常に気にしてしまうのです。
自意識過剰の自覚ができれば
比較する癖の自覚もできます。
有名人であれば
見られているのですが
ほとんどの人は
悲しいくらい
見られていません。
なぜなら、人は他人には
興味関心がないからです。
自意識過剰自体が
自分にしか興味関心が
ないということであり
自分しか興味関心がない人に
他の人が興味関心を
持つことはないのです。
自覚というのは
苦しいことなのですが
自覚することで転換ができ
心理的に解放されるのです。
自意識過剰から
解放されることで
心理的な自由を感じることができ
自分のペースで歩むことが
できるようになります。
今の時代、これからの時代は
個性を発揮することが
求められてくるので
比較グセからの転換が必要なのです。
個性の発揮というのは
才能、能力の発揮であり
使命の全うのことをいいます。
人それぞれで
個性が違うので
自分のペースでの
歩みが必要なのです。
自分のペースを極めることで
健全な成長ができ
個性発揮ができるのです。
個性発揮の歩みは
宇宙の法則、原理原則に
合わせた歩みなので
良い意味での
義務でもあるのです。
義務、強制はできないのですが
本来の基準で歩むことを
悟っている人は
個性発揮のために
努力するようになります。
「選択の自由」というのは
努力をするか、しないかの
選択の自由ではなく
どのような努力をするのかの
選択の自由であるのです。
本来の基準で歩む人は
努力することを前提にした
歩みになるので
やるか、やらないかの
選択肢ではないのです。
成長欲求を満たすには
努力が必要なので
努力することが
前提になっています。
努力というのは
自分のペースで
歩むことであり
自分のペースで歩むことで
歩みの基準を上げることが
できるようになります。
基本的な努力は
学ぶこと、実行すること
瞑想、運動なのですが
何を学ぶのか
どう実行するのか
瞑想、運動のペースは
人それぞれで違うので
自分のペースで
歩むしかないのです。
自分のペースで
歩めるようになれば
他の人、周りの人と
比べることができなくなります。
比べることが
できなくなることで
良い意味での
我が道を行けるのです。
個性を発揮している人は
ひたすら我が道を行っています。
我が道を行くことで
心理的な自由を感じることができ
新しい発想、創造する歩みが
できるようになります。
比較グセ、自意識過剰を
自覚していくことで
無意味、無駄な発想を
したくなくなり
自分のペースで
歩むことができ
個性発揮のための
努力ができます。
個性を発揮することで
成長欲求を満たすことができ
より大きなことに貢献することが
できるようになります。

今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌
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