【自分の型を決めない】
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学び
日常的スピリチュアル、安田です。
自分の型を特定してしまうと
視野が狭くなってしまうのです。
肩書きというのは
一部であって
肩書きを全てのように
決めてしまうと
肩書きだけの
視野になってしまうのです。
とくに今の時代は
視野を限りなく
大きくする必要があるので
肩書きを決めない
特定しない意識が
必要なのです。
自分の型を特定しないで
決めないことで
何でもできるような
視野になっていくのです。
自分の得意分野に
集中して、投入することで
伸ばすことができますが
それでも
型を特定したり
決めないでください。
現実的には
「これしかできない」と
感じていたとしても
今の時代は一つの分野を
限りなく広げることが
できるのです。
全く畑違いの分野でも
精神性や考え方は
共通しているので
総合的な教育ができるのです。
一人の人が携われる分野には
限りがあるのですが
携わった分野で学んだことを
応用的に活かすことで
総合的な教育ができるのです。
「自分には何もない」と
感じている人がいますが
全く何もしてこなかったのでなければ
何らかの経験、体験をしています。
たとえ、意味が無いようなことを
していたとしても
その意味がないような経験
体験も活かせるのです。
全く何もしてこなかったとしても
してこなかったことを
極めているということです。
ものは考えようで
生きているだけで
何らかの体験をしているのです。
たとえ、悲惨な環境にいても
最高級の環境にいても
どちらが良い悪いではなく
体験している事実は消せないのです。
これからの時代で
求められてくるのは
総合的な教育なのです。
どんな人でも
全てのことを体験することは
できないのですが
わずかな体験を
総合的に教育することで
教育を拡大させることが
できるようになるのです。
どんな体験をしていても
その体験からの教育ができれば
どんな人でも教育が
できるようになるのです。
教育者というのは
特定の人だけではなく
誰もがなるべきなのです。
子どもの頃は
受け身で学ぶのですが
成長するにつれて
教育される側ではなく
教育する側にならないと
成長ができないのです。
多くの人が成長ができていないのは
いつまでも受け身でいるからです。
受け身でいれば
何も考えなくていいし
意識する必要がないので
楽なのですが
楽をしながらでは
成長はできないのです。
今は誰でも情報発信が
できる時代であるので
誰でも教育ができるのです。
知っていることから
教育していくことで
悟りの境地に至り
悟ったことを
教育することが
できるようになるのです。
今は知識は膨大にあるので
知識を通して悟ったことが
求められているのです。
人それぞれで
悟りの境地が違い
その違いを学ぶことで
新しい悟りができ
悟りから悟りを
生み出すことで
発展的な教育が
できるのです。
自分の型を決めないことで
総合的な教育ができ
教育を拡大させる
貢献ができるのです。
表面的な肩書きが
必要な場合がありますが
表面は一部であって
全てではない意識によって
視野を限りなく
広げることができます。
より大きな視野によって
意識を大きくすることができ
現実の歩みを全てに
連結することができるのです。
私たちの歩みには
制限があるのですが
制限があるので
全てに連結されています。
もし、全てに連結されていないとしたら
何をやっていたとしても
大したことはできないので
何の影響も与えられないのです。
総合的な教育が
できる時代になったので
今までの経験、体験を
活かすことができ
何をやっていても
教育する教材に
することができます。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌