「我々の徳行は、往々にして偽装した不徳にすぎない」
意味)私たちは少なくとも人前で偽装(かっこつけたり)する事が多い
その為、その時の徳行(善意)も偽装と言っていい
みなさま お久しぶりです
お仕事がバタバタで
帰宅後→就寝の繰り返しでした
まぁ、言い訳です
そんな感じで久々に更新してます
本日は「モラル(道徳)」について
個人意見を述べて行こうと思ってます
みなさんの「モラル(道徳)」は一般的ですか?
言葉は知ってるし
使い方も知ってる
でも 意味が曖昧だなぁ
と言う人に
「モラル(道徳)」とは
人が現実社会において守るべきとされる規範の事
善悪の判断をともなう個人の感性であり
日常生活を送るうえで、一般的に正しいと考えられる行動
ここで疑問
判断を「個人の感性」に委ねてるのにも関わらず
「一般的に正しい」と「一般」を巻き込む
ここが「モラル(道徳)」の難しい所だと思うのです
例えば
丸男くん5歳は お母さんに怒られるのを知りつつ
ゲームを2時間していた
お買い物から帰って来た お母さんに見つかり
とっさに「今 始めた!」と嘘をついた
上記の 家庭によくありそうな光景を目にした時に
みなさんは どこに「モラル(道徳)」違反があると思いますか?
「お母さんに怒られるのを知りつつ」?
「嘘を付いた」?
私個人的には
この光景には「モラル(道徳)」違反は無いと思います
なぜなら「一般家庭」の「よくある光景」だからです
要するに「一般的な家庭の行動(生活)」であって
「現実社会」とは少々異なると認識してます
ここで問われるのは「教育的指導」なだけで
私たち外部の人間が
丸男くんの「モラル(道徳)」を問う事など
ちゃんちゃら可笑しいのです
でも 強いて言うのなら
ゲーム機を隠しておかない母親の「モラル(道徳)」を問います
5歳の子供の前にゲーム機を放置し
誘惑に負けた子供を叱る
理不尽極まりないです
私からしたら「モラル(道徳)」に反します
大人になっても「誘惑」には勝てない時があるのに
5歳の子供に「誘惑」に勝ては
無理だと思っています
親なら 私以上に理解してるはずなのに
なぜ ゲーム機を放置するのでしょう?
理由を知りたいところです
今出した例題だけでも
「モラル(道徳)」に対する意見は
賛否あると思います
もちろん
どれもが正解で どれもが不正解です
なぜなら
判断は「個人の感性」に委ね
「一般的に正しい」事だからです
私もよく使いますが
「一般的」とはすごく便利な言葉で
個人の周囲の人間の多数が
「YES」と答えれば
「一般的」に「YES」の人が多いとなるのです
「類は友を呼ぶ」と言った様に
自分の周囲には 似た様な思考の人間が多い事があります
なので「一般的」は
いとも簡単に作れてしまう事も多いのです
とても便利な言葉ですね「一般的」
それと似た言葉で
「普通は」「常識的に」
上記も 自分の周囲だけの統計で作られる事があります
なので この様な言葉を多用する人間は
個人的に信じない様にしてます
もちろん 私個人も「一般的に」を多用するので
信じない方がイイでしょう
話がズレましたね
「モラル(道徳)」に戻しましょう
上記でも言ったように
「個人の感性」で「モラル(道徳)」が
識別される世の中です
ある人なら「常識の範囲内」の事でも
別の人は「常識外れ」「モラル違反」という場合も多く
それはいずれも
家庭での教育や 、友人や対人の関係性
いわゆる「セロリ」です
『育ってきた環境が違うから 価値観は否めない』
そこで我々が 自然に行っているのが
「社交辞令」
嫌な相手にも笑って見せる
くだらない相手にも話して見せる
なぜなら 私たちの心にも
「モラル(道徳)」が育ってるからです
立派な事だと思います
出来て当たり前ではありません
至極当然な事では無いんです
ただ育てすぎるのも よくありません
心が「モラル(道徳)」に浸食されると
人は動けなくなります
なので そこで考えましょう!
あなたの育ててる「モラル(道徳)」は
本当に「モラル(道徳)」ですか?
ここで1つ
「モラル(道徳)」的には「嘘はよくない」と言われてます
それをふまえて
簡単な文を作りました
丸作さんは 結婚を考えてる女性がいました
そこで 指輪を買う為に訪れた宝石店
店内で あれこれ迷ってる所を
たまたま店外を通りがかった
彼女が目撃してしまいます
彼女は気付きました
「彼がプロポーズしてくれるかも」と
彼女は足早に その場所から離れました
後日 雰囲気いっぱいの場所で
彼女とのデート
彼女は「今日かも」と期待
丸作さん「なんでここに来たのかわかる?」
との質問に
彼女「え?なんでだろ?わかんない?」
そこで丸作さんからのプロポーズ
彼女は喜んで その指輪を 受け取りました。
終わり
細かい事は気にしないでください
よくありそうな 創作文です
さて ここで問われるのは
気付いてたのにも関わらず
見ていたのにも関わらず
初見の反応をした彼女
「モラル(道徳)」を問うのなら
「嘘」はよくない
「見て見ぬふり」なんて よくない
しかし 私としては
「宝石店で見かけたよ!」
「プロポーズしてくれるんでしょ?」
と 言った方が「モラル(道徳)」に欠けてる気がしてしまう
中には
「言ったくらいで険悪になるなら それまででしょ」
「言ってもイイんじゃない?支障ないでしょ」
「私だったら 言っちゃうかも」
「後日 実は見ちゃったんだ って言うかも」
そんな人もいる事でしょう
でもそれは あくまでも関係性の問題で
相手は「言っちゃう」あなたを好きなんでしょう
それは「モラル(道徳)」とは違います
ここでは
「見たのに黙ってる」
「わかってたのに わからないと言う」行動に視点を当ててます
これは ちゃんと「嘘」です
世の中には「優しい嘘」があると言います
そこに「モラル(道徳)」は当てはまらないのか
それとも「モラル(道徳)」の上に成り立ってるのか
それは 使い方次第でしょう
そこで「個人の感性」に委ねられるのだと思います
どんな「嘘」もいけない と言う感性
イイ「嘘」もあるよ と言う感性
あなたは どっちですか?
あくまでも
「モラル(道徳)」の観点だと
「嘘」はダメ! ですが
それは何の為の「嘘」なのか
誰のための「嘘」なのか
どうなる為の「嘘」なのか
そこで私が思うのは
自分が苦しくなる様な「モラル(道徳)」なら
とっとと捨てちまえばイイです
自分が苦しくなる「モラル(道徳)」
そんなもんが一番の「モラハラ」です
「個人の感性」が個人を苦しめる
そんな「モラハラ」は
すぐにでも 捨ててしまいましょう
「個人の感性」なんてもんは
時間、時代、周囲で変わって行くものです
もちろん その度に
「モラル(道徳)」も変わって行くでしょう
なので 私も
これを見てるみなさんも
明日には違う感じ方をしてると思います
それが「一般的」なんです
だから
いらない「モラル(道徳)」なんて
捨ててイイんです
自分を守れる「モラル(道徳)」を
身に着けて行きたいもんですね。