旧約聖書の内容はとても神秘に満ちています。
たくさなの「なぜ?」で満ちています。
そのひとつに知恵の実のエピソードがあります。
最初のアダムとイブの神話において、一説にはアダムの最初の妻だとされる、「リリト」が登場します、旧約聖書では「蛇」として。
西洋占星術には、前世を占う『リリト占星術』があります。
リリトとは闇の月、影の月といわれてきました。
ヘブライの古い書物には、神がアダムを創り、リリトは悪魔が創ったと記されています。
アダムとリリトは別れて、冥界の女王となります。
神がイブを創ったことで、嫉妬したリリトが蛇を遣わせて、あるいはリリトが蛇に化身して、知恵の実を食べさせたとあります。
リリトが生んだ者は魔の性質を受け継ぎ、イブが生んだ者は聖の性質を継ぎましたが、それらの者たちがまじりあい、人間は聖と魔のふたつの性質を持つことになったともいわれています。私の持論、性善悪説につながるお話です。
ただし、リリトは太古から存在する地母神ではないかという説もあります。
つまりは、旧約聖書は父性の神。リリトは母性の神ということのようです。
日本の古事記のイザナギとイザナミの神話に通じるものがあります。
旧約聖書の神にとって、知恵の実を食べることわ禁じたのは、まだ人間は知恵をコントロール、制御できずに、結果的に不幸な世界にしてしまうことがわかっていたからかもしれません。結果として、知恵の実に宿る種は、苦悩と喜びをもたらす種となり、やがては芽をだし、ち、世界に根をはることになります。
なぜ、そうした危険な知恵の実をたやすく手にとることができるようにしていたのか。
なぜ、手の届かない、隠された場所に植えなかったのか。
それは、その場所でなければならない、必然性があったのかもしれません。
(了)
※ 秋月さやかさんの著書『リリト占星術』参照