私は基本的に、他人に何と言われようと構わない、というスタンスで生きている。人や世間は勝手なことを言うものだし、他人の評価にいちいち一喜一憂していたら、正直言って身が持たない。
人生の時間は有限である。人は必ず、いつか死を迎えるものだし、今現在のこの一瞬一瞬が非常に貴重で、かけがえのないものなのだ。そんな大切な時間を、他人のことに気を遣って費やすことなど私には到底容認できない。
他人がどう思おうと、どんなことを言おうと関係ない。自分は自分のやりたいことを、やりたいようにやるだけだ。大体、みんな他人のことで騒ぎ過ぎだと私は思う。
もっと自分のことに集中することが必要である。アドラー心理学が私は大好きで、それに関する書籍なども購入したことがあるが、アドラー心理学においては原因より目的を優先して考える、という考え方を是としている。
詰まる所、人間の行動には全て目的があるということだ。例えば、飲食店でめっちゃ怒ってるおっさんがいたとして、彼はウエイターがコーヒーを溢したから怒っているのではなく「怒りたいから怒っている」というのが本当のところなのだ。
そこの目的を考えると、彼は怒ることで相手を従わせたいとか、怯えさせたいという理由で怒っていることが分かる。要するに、そこはおっさん本人の課題であり、周囲の人々の課題ではない。
アドラーは引きこもりの子供に対しても、「目的論」で説明している。彼らもまた、「引きこもりたいから引きこもっている」のだ。引きこもることで何かしらのメリットがあるから、彼らは引きこもっている。
この場合は、親に優しくしてもらえるとか、社会に出て傷付かなくて済むとか、そういった理由で引きこもっているのだとアドラーは説明する。彼らに必要なことは、まず部屋を一歩出ることだ、とアドラーは言う。
このように見て来ると、アドラー心理学は一見、冷酷非情なもののように思えるが、その実、この心理学は行動を促しているのであって、当事者を責めている訳ではない。
寧ろ、行動することで全ては変わる、と言っている訳で、アドラー心理学はこの考え方故に「勇気の心理学」と呼ばれる。このような考え方は私の最も好むところであり、私はアドラー心理学を人生の指針としている。このような考え方はとても重要であって、これを学ぶことで人生はかなりイージーモードになるはずだ。
人を突き放すように見えて、実際には人の背中をそっと押してくれる、そんなアドラー心理学を、私はずっと大切にして行くだろう。