他人と比較しないで過去の自分と比較しましょう。
これも良く言われる言葉です。ですが実際にそれができている人はそこまで多くないでしょう。
なぜ私たちは過去の自分と比較して成長を喜び実感する事が難しいのか。
まずはこのような時の脳内のセリフを整理してみます。
隣にいた人の庭を見て「自分より優れている」
「私の親がもっとちゃんとしていれば」
「私の顔がもっと良かったら」
「家族がもっと協力的ならば」
「もっと時間があれば」
「もしも違う選択をしていたら…」
バリエーションは無限に作る事ができます。
この不毛なループにはまっているうちはある意味、安全とも言えます。
なぜなら「挑戦しなくてもいいから、少なくとも今不満があるのは私のせいではないから」こう解釈して、心の安全を守る事ができるからです。(←自我にとっては重要なこと)
では、ここから一歩進んで、
「こんなことはいい加減やめて、変わりたい」
そう真のあなたがそう思った時、何がきっかけになるか。
その答えは【時間軸に注目する】こと
私たちは手に入れる前は喉から手が出るほど欲しかったものなのに、現実に自分のものになった瞬間「当たり前」に感じるように設計されています。夢に見るほどあこがれた学校に合格しても、それが日常になればいつの間にか起きるのが面倒…さぼってもいいかな。と思ったり。
合格する前はそれこそ神社に行って神頼みするほどあこがれていた場所なのに。会社でも結婚でも一緒です。
きっと縁がつながった瞬間はとても嬉しかったはず、ここで頑張ろう、誠心誠意愛を注ごう、そう心に誓ったはずです。
お気づきかもしれませんが、この叶った瞬間の感動が当たり前になっていくのも、人間のデフォルト機能です。毎日、入学初日の気分で登校できる人などいません。毎日新婚初日のテンションで結婚生活を送る人もいません。
そう、感謝やねぎらいの気持ちを生み出すためには、心の筋力にちょっとした負荷をかける必要があります。
私たちの世界に自然のままに放っていて感謝できる事は実は少ない、私たちの脳は高性能すぎてすぐに省エネモードになります「これ知ってる、わざわざ感謝とかしなくて大丈夫」と感謝すべきポイントをスルーします。また自分に対しても「毎日やっているんだからやって当然」と自分の頑張りすらも無視します。
そこをぐっと筋肉を使うように、思い直して「いやこれ当たり前じゃないよ、ありがたい事だよ。」「今日も一日本当に頑張った、しかも昨日より少しうまくできた」と一つ一つ気づく力(心の筋肉)を育てます。
脳の省エネモードにつられて惰性と無感動の中で過ごしていると「失ってからありがたさに気づく」という強制感謝ルートに運命が変更される事も…💦
この心の筋トレをサポートしてくれるのが「記録」
日記でもブログでもSNSでもなんでも構いません。1日前、1週間前、1年前の自分を見返してみてください。必ず進化しています。感動します。1年ってこんなに色々できるんだ。と
実際の筋肉と同じで、毎日少しづつの積み重ねが結果を出してくれる。
短期間で変わろうとするのではなく最低でも1~3カ月スパンでものを見る。
本当に自分が成長している事がわかるはずです。そうなればもうこっちのものです。
隣の青い芝生を見ても
「あら美しい芝生!ちゃんとお手入れしてるのね。私の芝生もいい感じに育ってきたわよ~」そう心から思えるようになるはずです。