初めましてちろと申します。現在42歳です。過去に約16年間の結婚生活を送り、3人の子ども(女、女、男)の父親でした。
当時のわが家を例えるなら、私は「サザエさん」で言うならばマスオさんのポジション。自分の稼いだお金でご飯を食べて欲しかったり、自分の働いたお金で子供や奥さんにしたくて、当時の奥さんのお父さんが経営者だったのでそこで働いていました。
ある日のこと〜
1番下の子(発達障害児当時4歳)の運動会がありました。
コロナ禍という事もあり、運動会への来場者も家族1名と入場制限されていました。
私は下の子の頑張ってる姿を見たく、当時の奥さんに何も言わずに、勝手ながら途中で仕事を抜け出し後ろからバレないように見に行きました。
もちろんうちの子は歩けないのでハイハイで4足歩行する事はわかっていました。
そしてうちの子の番。4人並んで「よーいドン!」の掛け声の後、可愛い子達がいっせいにかけっこを開始。
見る見るうちにウチの子だけ取り残されみんなの声援を浴びる事に!
その最中、私も自分の奥さんを前方に見つけました。号泣していました。「感動してるんだろ〜な。」と思いながら見ていましたが、どうやら泣き方がおかしく感じたので近づき声をかけました。すると「どうしてうちの子だけこんなんなの、、、」と泣き崩れていました。
衝撃で言葉も出ませんでした。
この子が生まれて4年間の間1度もこの子の障害に愚痴ったり、不満を言ってこなかった奥さんが、他の健康な子達と比べて初めて私に愚痴りました。
「私は歩くための装具、ベッド、車椅子、安全なヘッドギア、、、お金がどうしてもかかるからお金だけは多めに稼がなきゃ!」と仕事ばかりになり、必死になり苦しんでいた当時の奥さんの気持ちに全く寄り添えてなく、気づく事も出来ませんでした、、、。
本当に当時の自分が恥ずかしいです。1番支えてくれた奥さんの本音も聞いてあげれなくて。
そこから私の人生は色々な意味で目まぐるしく変わっていきます。
上の子の部活の送り迎え、奥さんをOFFにする時間、下手くそだけどたまにご飯つくる等、、、
そして【歩けないのならこの子の足になればいい!】そう思い重度訪問介護従事者の資格を取り、重度専門の介護士になりました。
上の女の子2人は健常者で至って健康です。下の子のみ重度の発達障害があり、喋れない、立てない、物事を理解できない!本当にそこからの育児は想像以上に大変でした。妻は時に生理痛が重く、体調が優れない日も多くありました。
そこから仕事以外は子供に手伝ってもらいながら、奥さんに教えてもらいながら切磋琢磨してきました。
この経験を通して本当に大切なのは、生活費を稼ぐことだけでなく、家族の気持ちに寄り添い、支え合うことだと学びました。
同じように子育てや夫婦関係で悩む方に、私の経験が少しでもお役に立てるなら。一緒に考え、少しでも考え方や気持ちが軽くなったり、少しでも日々の糧になれるように。少しでもお聞かせ下さい。