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なぜか特定の言葉に反応してしまうとき

同じ言葉をかけられても、なぜか気にならないときと、強く引っかかるときがあります。例えば、おおざっぱだよねと言われて、そうそうと軽く受け流せる人もいれば、強く心がざわついてしまう人もいます。同じ言葉なのに、受け取り方がここまで違うのはなぜでしょうか?それは、その言葉そのものではなく、自分の中にある何かに触れているからです。強く反応してしまうとき、その言葉の奥にある意味を無意識に広げてしまっています。ダメな人間だと思われているのではないか、否定されているのではないか。そう感じた瞬間に、心は一気に防御や怒りに向かいます。でも、その反応を少しだけ立ち止まって見てみると、違う景色が見えてきます。なぜここまで反応したのか?この言葉のどの部分に引っかかったのか?そうやって内側に意識を向けていくと、過去の出来事や記憶が浮かんでくることがあります。昔、同じようなことを言われて傷ついた経験。否定されたと感じた場面。認めてもらえなかった感覚。今の反応は、目の前の相手ではなく、そのときの自分の感情が動いているだけということも少なくありません。ここに気が付けると、大きな変化の入り口に立てます。ただ嫌な気持ちになる出来事だったものが、自分を知るヒントに変わります。そして、なぜ苦しかったのかが分かると、その感情は少しずつやわらいでいきます。原因が分からないまま抱えている感情は、何度も同じ形で繰り返します。でも、原因に気付けた感情は、そこで役目を終えようとします。もし最近、誰かの言葉に強く引っかかったときは、そのままにせず一度立ち止まってみてください。何がそんなに気になったのか?どんな意味を自分は受け取ってし
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「死ぬこと以外かすり傷」なんてクソ喰らえ

「死ぬこと以外かすり傷」この言葉大嫌いです。そりゃ、死ぬことってある意味最終手段です。そこで一旦終わりが来るのでしょう。でも、世の中には「死にそうなくらいしんどい」「死んだほうがマシかもしれない」という状況が確実に存在します。そして、それを感じ取る尺度は人によって違います。人によっては「そのくらいで」と思うことも、本人にとっては「死んだほうがマシ」と感じることもあるのです。確かに、死んでしまったら終わりです。死ぬって、想像よりもものすごく怖いことです。もしかしたら死後の世界があって、この苦しみの続きをあの世でも味わうことになるかもしれない。でも。終わりにしたいくらい辛いことってあるんです。だから、簡単に「死ぬよりマシだよ」と言わないでほしいんです。本人にとっては死と同じくらい辛いことかもしれないんです。「それは死ぬよりマシだよ」というのは、あなたの感性の問題であって、相談者本人の感性ではありませんよね?辛いこと、かすり傷、で片付けないでほしい。辛い、苦しいんです。息が出来ないんです。生きているのか死んでいるのかの判断もつかないくらい、本人は苦しいんです。だから簡単に「かすり傷」なんて言わないで・・・かすり傷じゃないよ・・・辛いこと、嫌なことは共有したほうが薄まります。まずは吐き出してしまいましょう。
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絶対に言わないでくださいね〜

今日は朝早くから5年生は自然教室へ、中1生は遠足に出かけていきました。久々に晴天!!といったお天気なので、楽しめそうですね。 ただ、気温が高くなりそうですので、水分補給をしっかりとされて下さい。 さて、中間テストも終わり、そろそろテストも返ってきたかと思います。 親御さんもお子さんから見せていただいたでしょうか? 通知表が渡される終業式にもお伝えするのですが、絶対に「何!?この成績(点数)!」とか、「何でこんな問題出来なかったの?」「ちゃんと勉強した?」などと言わないで下さいね^ ^; 確かに全く勉強をしていない子もいるかもしれませんが、それでも苦手ななか学校で授業を受け、テストも受けてきたのですからね。 それに、その言葉を発したところで、成績が上がるわけでもありませんし、何ならその嫌な言葉だけが残り、勉強するやる気さえ失せてしまいます。 まずは「よく頑張ったね。」と労い、よく出来ていたところを褒め、次回どうすれば良いかな〜と考えさせるor一緒に考えるのが良いのではないかと思います。 「そんなこと言えそうにない〜」とおっしゃる方は是非なぜラボへ^ ^ それでは今日もゆっくりとおやすみくださいませ。
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頭に残り続ける「嫌な言葉」とは何か―消えない一言に、どう向き合うか

一度言われただけなのに、なぜかずっと頭から離れない言葉があります。ふとした瞬間に思い出してしまう。何度も何度も反芻してしまう。そしてそのたびに、胸の奥がざわつく。それは「ただの言葉」ではなく、心に引っかかったままの“棘”のような存在です。❇️嫌な言葉は、なぜこんなにも残るのか人の心は、ポジティブな出来事よりもネガティブな出来事を強く記憶する性質があります。特に「否定された」「傷つけられた」と感じた言葉は、自分を守るための重要な情報として脳に刻まれやすくなります。たとえば――「そんなの無理でしょ」「向いてないよ」「普通はこうするよね」こうした言葉は、その場で終わったはずなのにあとから何度も思い出されます。それは、あなたの心が「もう二度と同じ痛みを味わわないように」と警戒しているからです。❇️言葉は「そのときの自分」を閉じ込める嫌な言葉が厄介なのは、言葉だけでなくそのときの自分ごと記憶されてしまうことです。言われたときの空気。相手の表情。何も言い返せなかった自分。それらがひとまとまりになって、心の中に残ります。だから思い出すたびに「あのときの弱かった自分」に引き戻されてしまうのです。❇️繰り返すほど、言葉は「現実」になる最初は「ひどいことを言われた」と思っていたはずなのに、何度も思い出しているうちに、少しずつ感覚が変わっていくことがあります。「もしかして本当なのかもしれない」「自分はやっぱりダメなのかもしれない」そうやって他人の言葉が自分の中に入り込み、やがて自分の声のように響き始めます。でもそれは真実になったのではなく、「繰り返し思い出した結果、そう感じてしまっているだけ」です。
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