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エビス様の信頼度が高いとこうなります。

島根県の美保神社へ参拝してきました。よく参拝はしているのですが、毎回この神社の雰囲気は違うので何度参拝しても飽きることがありません。今日の神社はウグイスが鳴いて、昔の日本のような雰囲気を醸し出していました。そして、エビス様は今日も健在でした。当たり前なのですが。その夜のこと、エビス様のエネルギーを感じていると、早速ご利益と思えることがありました。思わぬところから臨時収入が入ってきたのです。そこで、エビス様に感謝を捧げると、エビス様が更にエネルギーを分け与えてくれました。神様の信頼度が高いとこのようなことはよく起こるのですが、レスポンスがだんだん早くなってきているように思います。それだけ信頼度が増しているのかな、と思います。ぜひ、日ごろから神様に感謝をしてみてください。そうすれば、願ったことが予想より早く叶いやすくなりますよ^^
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【✨すべてのものを愛からつくりなおそう。 事代主神(ことしろぬしのかみ)✨のメッセージ】

【✨すべてのものを愛からつくりなおそう。 事代主神(ことしろぬしのかみ)✨のメッセージ】 八坂神社のえびす様(=事代主神)もし幸せになる方法があるとすれば それは、 他者の幸せを願える人間になること、だ。 (他者=人、動物、植物、地球、宇宙にありてあるすべての魂) そして、 憎み恨んでいる人の幸せを願える人間になること。だ。 たとえ直接その者に何かをしなくても、その想いは巡り巡って届いていく。かたちになる。 『あなた 幸せになってください。 豊かになってください。』 他者の幸せを願うという事は、自分自身の幸せを願う事と同じだ。 対象と被対象を区別するということは、私たちにはできないからだ。★誰かに向けるものは、自分に向けるものと同じ。 (人を呪わば穴二つ、とはそういうこと。 不幸になる方法も同じ。他者の不幸を願えばいいのだ!) これを聞いたら、憎むことは良くないことだ…と言っているように聞こえるかもしれない。 しかし、それは違う。 憎むな恨むなということではない。 ★憎しみの果てにあるものを私たちは知りたいのだ。 憎しみの果てには愛しかないことを私たちは体験したいのだ。体感したいのだ。 憎んでまで、愛に辿り着き到達したいのだ。 憎しみもまた愛の体験なのだ。 『憎しみを知らぬ者はまた愛をも知らず。』 ★愛とは憎しみを超えること。 「愛します。」 その宣言と祈りとともに、あなたはゆけ。 愛から始め 愛からつくる 『すべてのものを愛からつくりなおそう。』 そう願い祈るということ、それそのものがよろこびなのだから。 『憎しみ恨みを超えて行け それは自分をゆるすこと。自分を愛すること。
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