絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む
有料ブログの投稿方法はこちら

すべてのカテゴリ

5 件中 1 - 5 件表示
カバー画像

ちいさな小説「二つの本音」

夏のような、夏でないような。そんな時期が、今年もやってきた。別に嫌いなわけじゃないけど、変に中途半端な暑さは好きではない。「暑くなるならもっとはっきり暑くなってもらいたいものだ」、こんなどうでもいい小さすぎる文句さえもコントロールできない自分も好きではない。何とも言えぬもどかしさをぐるぐると繰り返しながら、今日も逆らえない日常に向かって進んでいく。「なーんて、」エンターキーの音の残骸と共に響いた本音は誰にも届かない。こんなはずじゃなかったと言えば嘘になるが。世の中全体で見れば、自分は幸せな方だと思う。なりたかった「小説家」という仕事に就いて、ずっと目指してきた賞ももらって。けれど、この幸せは本当に欲しかった幸せではない。あの日から大きく変わってしまった。一年前の自分は、目指してきた大きな賞に向けてひとつの大きな作品を完成させようとしていた。自分が描きたくてたまらなかった明るくて眩しいくらいの青春を題材とした作品で、自分の中で一番の自信作だった。賞もこの作品でいくだろうと思っていた。けれど、そうじゃなかった。数日後、出版業界で1、2を争う大きな出版社から電話が掛かってきた。「あなたの作品は素晴らしい。是非うちで書籍化しませんか?」自分にとっては嬉しすぎる話だった。もちろん二つ返事でOKした。ただ、この話には大きな条件があった。書籍化するのは、一番の自信作ではなく、自分が予備のつもりで書いた青春とは正反対の感情の闇を題材とした作品で、賞にもその作品で応募することだった。年齢的にも、金銭的にも限界が近づいていた自分は条件を呑まざるを得なかった。出版社のコネもあってか、見事大賞をもらっ
0
カバー画像

ちいさな小説「おにぎりの味、」

朝起きてからの行動は大体決まっている。顔を洗ったり、着替えたり。毎日変わることのないルーティンのなかで、唯一変わるものがある。朝ごはんの「おにぎりの味」だ。ただただ塩をかけただけの何の変哲もない普通のおにぎり。味を変えているわけではないけれど、その日によってなぜか味が違う。今日は、いつもよりなぜか苦く感じた。ぼーっとしているうちに、6限の終わりを告げるチャイムが鳴り、廊下や階段は帰る人たちでいっぱいになっている。そんな中に紛れて部活へと向かった。学校の雰囲気とはかけ離れた昔ながらの横引きの戸。その横に立てかけてある「茶道部」と書かれたおんぼろな板。クラスメイトは薄気味悪いと言うが、自分はこの独特な雰囲気が結構好きだったりする。がらっと戸を引くと、大好きな茶道部の先輩と、しつこくマネージャーに勧誘してくる大っ嫌いなサッカー部の先輩がいた。「今日こそは決める」と自分に言い聞かせ、大きく息を吸った。「マネジャーなんてやるか!二度とここにくんなぁぁぁ!」ありったけの力で叫んだ。突然のことに茶道部の先輩は驚いていたが、先輩も立ち上がり大きく息を吸った。「茶道部の邪魔すんなぁぁ!」二人分の叫び声が響き終わる頃には、サッカー部の先輩はいなくっていた。やっと茶道ができる。誰にも邪魔されずに茶道ができる。そのうれしさに、先輩と私の顔には笑みが溢れた。次の日の朝。いつもとなにも変わらない朝。けれど、今日のおにぎりの味はなぜかとても美味しかった。END
0
カバー画像

ちいさな小説 「くもりじゃない」

土曜日の昼下がり。一週間のなかでいちばん好きな時間。でも、天気はあいにくの曇り。別に外へ出るわけじゃないけど、なぜか気分もちょっと曇り模様だ。そんなはっきりしない気持ちのまま、ぼーっと空を眺めていると、遠くの方にほんのすこしだけの晴れ間を見つけた。くもりのなかで負けることなく、「私はここにいる」とアピールするかのように。強く、どこか儚い光を放っていた。その光にすっかり魅了されてしまった私は、棚の奥に眠っていた一眼レフを引っ張り出して、気の赴くまま写真を撮り続けていた。レンズ越しに見る光もどこか儚く、美しいものだった。撮影に満足した頃、私の気分は曇りなんかじゃなく、晴天へと変わっていた。あの晴れ間は、もしかしたら「今日は曇りだ」と思ってもらいたくなかったのだろうか。そんな気がした。確かに今日は曇りだけれど、あの場所は曇りじゃなかった。晴れ間を見つける前の私は、たくさんの雲にしか目を向けていなかったんだ。小さいけれど晴れ間はある。ちいさな光を見逃しちゃいけない、きっとそうなんだ。「今日はくもりじゃない」心の中で何かが変わった気がした。END
0
カバー画像

ちいさな小説 「そういうけど。」

「恋愛こそ青春だ!」 そう豪語するのは、年に一度来るか来ないかのペースでうちに来る叔父さん。普段は温厚で優しい人なのだが、お酒が入るとちょっと偉そうになる。うちに来るといつもこうなっているから、何を言われようとあまり気にしていない、でも、この言葉はいつも引っかかる。確かに、周りの友達は高校生になった途端「JKなんだから!」と言って彼氏作りに必死になっている、放課後の駅前も同い年くらいのカップルだらけだ。「恋愛こそ青春」 そうなのか?同世代の友達は、みんなそう思っているのかもしれない。だけど、私は恋愛には全く興味がない。それよりも何よりも、自分の夢を追いかけることが大好きだ。目の前にあるその一瞬の景色をレンズで捉える、これがないと生きていけない。もしかしたら、これも「青春」なのか?そうなのかもしれない。そうじゃないかもしれない。叔父さんの言った青春とは大きく違う。けれど、私には私の青春がある。「私にとっては写真が青春だ!」笑われるだろうか。引かれるだろうか。けれどもう、どうだっていい。感じたことのない自信が体の底から湧いてきた。「お前も彼氏の一人や二人作んないと青春たのしめないぞ~」ふわふわした口調で、つばを飛ばしながら言ってくる叔父さんの方を振り返って私は言った。「そういうけど、私の青春は恋愛じゃなくて、写真だから。心配しなくても楽しんでるよ」END
0
カバー画像

ちいさな小説 「片耳、マスク」

朝の駅は忙しい。なんとも言えないぬうっとした空気、コツコツと鳴り続ける靴の音。私は今日もこの空気に蓋をする。耳の奥までぎゅっと。曲が鳴り始めたらそこはもう私の世界、私だけの世界。こうやっていつも現実に蓋をする。人間関係も、気持ち悪い社会の雰囲気も、全部知らないふりをする。イヤホンから流れる曲に気持ちを預けて、今日も電車に乗った。駅から少し歩いたところに仕事場はある。何百回とみた眩しい外観、その前で深々とかぶったマスクを外し大きく深呼吸をした。もう一つの自分へとバトンタッチする。「ここからは任せたぞ」と。息を吐き終わるとそこには今までの自分はもういなかった。自動ドアの前で軽く笑みを作り中へと入った。真っ暗な舞台袖、太ももの真ん中までしかないスカート、口の前へ伸びるインカム。「今日も完売だよ、さすがだな」とスタッフさんに言われその場しのぎの感情のかけらもない笑顔で返す。本当はこんなんじゃないのに。音楽が鳴り出しいつものようにステージへ出る。ライトを当てられた私を見るなり歓声を上げる観客。そう、私はアイドルなんだ。ステージでは笑顔を振りまき、我ながらキラキラしていると思う。でも、本当の私は違う。笑うのが苦手で、人と話すのが嫌で、イヤホンで蓋をしなければ電車にだって乗れっこない。そんな本当の私をファンのみんなは知らない、スタッフさんだって知らない。「作られたもう一つの私」というマスクをつけた姿しか知らない片方の耳に本当の私を掛けて、もう片方の耳にもう一つの私を掛けて。そうやって生きてきた。そうやって生きるしか私にはできない。今日も私は「片耳、マスク」で生きていく。END初めまして!作者
0
5 件中 1 - 5
有料ブログの投稿方法はこちら