ちいさな小説「二つの本音」

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夏のような、夏でないような。そんな時期が、今年もやってきた。別に嫌いなわけじゃないけど、変に中途半端な暑さは好きではない。「暑くなるならもっとはっきり暑くなってもらいたいものだ」、こんなどうでもいい小さすぎる文句さえもコントロールできない自分も好きではない。何とも言えぬもどかしさをぐるぐると繰り返しながら、今日も逆らえない日常に向かって進んでいく。


「なーんて、」
エンターキーの音の残骸と共に響いた本音は誰にも届かない。こんなはずじゃなかったと言えば嘘になるが。
世の中全体で見れば、自分は幸せな方だと思う。なりたかった「小説家」という仕事に就いて、ずっと目指してきた賞ももらって。けれど、この幸せは本当に欲しかった幸せではない。あの日から大きく変わってしまった。

一年前の自分は、目指してきた大きな賞に向けてひとつの大きな作品を完成させようとしていた。自分が描きたくてたまらなかった明るくて眩しいくらいの青春を題材とした作品で、自分の中で一番の自信作だった。
賞もこの作品でいくだろうと思っていた。けれど、そうじゃなかった。
数日後、出版業界で1、2を争う大きな出版社から電話が掛かってきた。
「あなたの作品は素晴らしい。是非うちで書籍化しませんか?」
自分にとっては嬉しすぎる話だった。もちろん二つ返事でOKした。
ただ、この話には大きな条件があった。書籍化するのは、一番の自信作ではなく、自分が予備のつもりで書いた青春とは正反対の感情の闇を題材とした作品で、賞にもその作品で応募することだった。
年齢的にも、金銭的にも限界が近づいていた自分は条件を呑まざるを得なかった。

出版社のコネもあってか、見事大賞をもらった予備の作品は予想以上の大ヒットとなった。嬉しいような嬉しくないような、そんな気持ちを抑えながら、大きく変わった日常についていった。しばらくして出版社の方から、「前回と似たようなテイストで」の新作を求められた。拾ってもらった身であるから、逆らうことなどできず、そんな勇気もなく、書きたくもない作品を書き始めた。


もっと明るくてキラキラした青春を描いていたかった。

言葉にならない本音が、心の中にぽつんと響いた。


END
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