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通所介護編 デイサービスとデイケアの違い 老人保健施設についても

現役ナース由紀子です♪昨日は特別養護老人編を書きましたので、本日は通所介護について(^^♪由紀子の働いたことのある通所介護にデイサービスとデイケアがありましてデイサービスは、特別養護老人ホーム(特養)に併設されている通所介護デイケアは、老人保健施設(老健)に併設されている通所介護その違いは、リハビリがあるかないか、それだけです(笑)ちょっと、老人保健施設について説明を・・・老健というのは、特養と同じような施設ですが、病院と在宅の中間に位置付けられておりまして病気になって入院し、自宅へ退院するにはADLが低下して、このままでは自宅へ帰れないなって時に、いったん老健へ入所して、リハビリなどを行い自宅へ帰るというのが理想的な感じです。そうはいっても、なかなか自宅へスムーズに帰れる人はおらず、病院と行ったり来たりしながら特養の入所待ちってのがよくある現状です。まあ、言い方が悪いですが、たらいまわしの現状があります。老健の特徴・三か月までしかいられない。(と言いつつ、ずっといる場合もある)・働いているスタッフは、介護職と看護師の割合が半々。(夜間も看護師がいて安心!!)・OT(作業療法士)やPT(理学療法士)がいて、リハビリが受けられる。・医師がいて、1回/週、回診がある。・特養よりはタイムリーに医師の診察が受けられる。(医師は4日/週 日勤でいれば良くて、夜間は電話対応はしているらしい。知り合いの現役老健医師より。)・そして、この老健に併設されているのがデイケアです。※ちなみに、特養にOT、PT、医師はいません。リハビリスタッフがいてくれる施設に併設されているので、デイサービスと違って
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再び…休職へ…

自身で、自分の状態がよくわからないまま、再び休職を余儀なくされ、次は病院併設のデイケアという当時としては、何も知らない場所へ行くことになります。幸い、最初に休職した際よりも体調は、まだ動ける状態だったので転院手続きとデイケア申し込みをすることが出来、周りから勧められるまま…新たな病院へ通院し始めます。病院が合う、合わない…というのは今まで考えたことがなかったですが、これまでの一方的に病状を押し付けてくる雰囲気とは違い、親身になって話を聞いてくれる…という雰囲気がありました。ここで初めて、自分が自身の状態がわからない、どうしていいかわからない…ということを伝えることが出来ました。言いようのない「安心感」があったのを覚えています。合う・合わないという感覚は未だにわかりませんが、ここでは、なぜか今まで話すことがなかったことを自分から話すことが出来ました。上手く言葉にならなくても話していいんだ…という感覚をこの時感じました。こうして…新たな病院での通院生活がスタートします。通院を始めて、しばくして…併設のデイケアにも通所することになります。この場所で、様々な気づきや価値観・考えの変化に直面することになります。あの頃の私はまだ知らなかった。この場所での時間が、自分の人生の流れを少しずつ変えていくことを。
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初めまして…~うつ病と共に歩んだ10年…~

閲覧いただき、ありがとうございます。初めまして…花守るい(はなもりるい)と申します。今から…10年余り前、仕事の重圧や人間関係の軋轢から苛立ちや不安を覚える日々が続き…うつ病を診断…その後、病院のデイケア・リワークを経て、復職と休職を繰り返しました。結果、長年勤めてきた会社を退職。病院の勧めもあり、障がい手帳(精神)を取得し就労継続支援B型…就労移行支援も経験しました。どうしたらいいか?わからない日々が続き…10年ほど経ち…たまたま国家資格所持がご縁で現在は児童福祉サービスでの仕事に携わっています。今から思えば、当時は人と接することさえ怖さを抱いていた時期もあります。先も見えない激動の数年がありました。今は以前のことが嘘のように人と接することが楽しく思える自分がいます。自身の経験は、価値観や考え方も変わってしまうほどの経験でした。同じように生きづらさを感じている方たち・何かを変えようと藻掻いている方たちに少しでもチカラになれれば思います。
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笑いこそ良薬!

ブログにお越しいただきありがとうございます。認知症の方が大好きな、音楽療法士のHitomiです。今日はもう一つ嬉しいことがありました。私のいるフロアでは毎日30分、DVDを見ながら体操と脳トレをしています。テレビの前でも爆睡してピクリとも動かないKさんとYさん、お二人とも80代の女性です。同じ建物にあるデイケアさんの好意でKさんとYさんをレクリエーションに参加させていただきました。すると、身体は動かすし、歌は歌うし、脳トレにも参加。そしてレクリエーション、今日はゲームでお手玉を投げます。デイケアの利用者さんとスタッフに応援され必死で頑張るお二人。Yさんはいつもは車椅子でため息ばかりついているのに、お手玉をもっと遠くに投げたくて自ら2回も立ちました!Kさんはいつもは車椅子に座って何にも関心が無いのに、お手玉を標的に当てたくて3回もトライ!そして命中すると、お二人とも大きな声でお腹を抱えて笑っていました。私も嬉しくてお二人と抱き合って笑い合いました。心が立つと、身体も立つのは本当です。立ちたい現実があれば、人は立つんですね。
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転院…~新たな居場所~

転院手続きから、しばらくして病院併設のデイケアサービスへ通所を始めました。これまで自身の症状や、同じように苦しんでいる方達に目を向けてこなかった自分において、このような場所があることを何も知らなかったですし、自分がこのような場所に行くことなど微塵も考えてなかったことが、自身にとって大きな衝撃を受けることとなりました。初日…初めてその場所へ足を踏み入れた私は…想像では皆暗く静かな場所をイメージしていました。ところが…皆、周りの人と話をしたり…中には笑顔で談笑する姿が…。もちろん…静かに読書をされている方もいましたが、想像とは真逆の明るい雰囲気で賑やかとさえ思える場所でした。この人たちは…皆…病気なの??…と思えるほどでした。この当時、人と接することをおっくうに感じていた自分だったのでこの雰囲気は馴染めるのかな?と戸惑いを感じたのを覚えています。席に案内され…静かにしていると…1人が自己紹介とあいさつに来てくれました。「よろしくお願いします」と丁寧にあいさつしていただき「なんでも聞いてくださいね」とおっしゃっていただきました。この何気ないひと言が、どれだけ心強かったか…初めての場所で戸惑っていた自分を温かく迎え入れてくれた気がして安心した記憶があります。この方は自分よりも年下の方で、デイケアには長年の「引きこもり」から通所している方でした。この方とは今現在でも交流があります。こうして…自分にとって、初めてのデイケア通所という新たな経験がスタートします。この場所で、たくさんの方たちと出会い、話をし…皆抱えているもの、病気や障がいといった世界があること…を通じて、自身の考え方や価値観が
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障がい手帳の取得という選択~今後のことを考える~

デイケアに通所していると様々な精神疾患の方達がいて…色んなお話を聞くことが出来ました。今まで知らなかった病気のこと…日々、悩みながら前に進んでいること…また…精神疾患に関する福祉や制度のこと…本当に…今まで気にもしなかった、知らなかったことが一気に押し寄せた気がしました。うつ病になるまで、健康になんて気にもかけなった自分が、改めて「健康」の大切さを今さらながら感じた時間でした。そうした話の中で「精神障がい手帳」「障害年金」のお話も通所されている方から聞く機会もありました。漠然と「障がい手帳」は知ってましたけど「精神」に関する手帳が存在することは全く知りませんでした。ただ話を聞いた当時は「障がい」なんて大それたもの自分には遠い世界の話だと感じていましたし、取得してそれがどうなるものなのかも、あまり想像出来ませんでした。ただ、これがひとつのキッカケになり…「リワークコース」での作業療法をする中で、今後、自分はどうしていくべきなんだろう?…と具体的に考える機会になり、それから周りの色んな方達に話を聞きながら、みんなはどうしているの?今後どうしていくの?…と少しづつ自身の復職に向けた具体的な道を模索していくようになりました。そして「精神障がい手帳」の取得についても今後のことを考えるうえで選択肢のひとつとして、心に置いていました。
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デイケアに通所を始めて…

最初は…あまりに和やかな雰囲気に面食らったデイケアですがすこしづつ通所出来るようになりました。デイケアの流れは…朝9:00~9:30 通所・入室   9:30~10:00 ラジオ体操、お散歩10:00~10:30 休憩 10:30~11:30 午前のプログラム11:30~12:00 休憩12:00~13:00 昼食13:30~14:30 午後のプログラム14:30~休憩、掃除、帰りの会15:00 退出 …という感じの流れでした。最初は、知らない方たちばかりで正直、あまり人とかかわりたくない気持ちでしたが、そういう人たちのために周りも感じ取り、無理に話そうということもなく、落ち着いて過ごすことが出来ました。そういう意味では、皆同じように苦しんでこられた方達ばかりで何も言わなくても、理解してもらえる場であったと思います。これまで、自身の「うつ病」に向き合ってこなかった自分が、この場所で同じように苦しんでいる人達を目の当たりにすることで自分も皆と同じなんだな~…と思い始め、こんなにたくさんの人たちが自分と同じ思いを抱えて苦しんでいるんだ…と初めて思いました。これが…この場所に来て初めて感じた「気づき」でした。
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復職1年半~葛藤と苦悩…~

復職をして何とか1年半を過ぎ、時折…めまいなどありながらも、自身では「まぁ~大丈夫だろう」と安易に考えていました。そんな折、復職プログラムも終わり、通常業務へとシフト…職場も異動となり、自分なりに色々考えながら業務へ取り組みました。気丈に振舞っていましたが、内心は不安感で押しつぶされそうな時もあり、この時すでに不安定だったかもしれません。それでも無理して続けていたのは、復職した分を取り戻そうとしていた自分があったからです。そんな状態で3ヶ月…徐々に不安感は大きくなり…体調面でも不眠や吐き気など出てくるように…通院もしていましたが、正直…この当時は自身の「うつ病」というものに対して理解もせず、服薬していればいいんだ…程度にしか考えていませんでした。次第に…体調がすぐれない日々が続き、休みがちになっていきました。自身で「なぜ体調がすぐれないのか?」そんな疑問と「仕事に行かなくては…」と葛藤の中で、会社から転院を進められました。この当時、通院していた病院は、よくわからないまま…街の看板を頼りに選んだ病院でした。自身にとって合っているのか?どうか?など自分にとってもわからないまま通院している状態でした。そんな状態をみて、診療所から復職プログラムのあるデイケア併設の心療内科さんを紹介され、再び…休職をすることになります。
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復職をして感じたこと…

休職して1年半が過ぎ、外へ出ることも抵抗がなくなってきた頃、復職をしました。この当時は、自身の「うつ病」について、何の知識もなくただ服薬していればよいのかと思っていました。睡眠障害や嘔吐・倦怠感など様々な症状が緩和されてきたことで早く復職しなくてはという思いばかりが出て、この時は…焦る気持ちで復職をしました。何も考えられなかった頃に比べて、様々な感情が出てくると焦る気持ちばかりが先走り、この時は…とにかく早く復職しなくては…と、自身がどんな状態化も分からず、とりあえず仕事へ復帰をしました。復職して感じたことは…うつ病などメンタル疾患のケースでは外見からでは状態がわかりづらいこともあり、職場でもどう扱っていいか?わからない…そんな状況でした。確かに…自身ですら、どういう状態か?わからないのに、周りがわかるわけもありません。加えて、私自身そうであったように…うつ病という、よく知らない病気を周りが理解しようという姿勢もみられなかったです。理解が得られにくいこと・自身も理解していなかったこと…このことが、復職してのちに想像していなかった展開へと進むことになります。
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デイケアで1年が過ぎ…~居心地の良さからの怖さ~

デイケアに通い始めて、いつの間にか1年が経過しようという頃、もうすっかりデイケア通所に慣れ…毎日通うことも出来ていました。デイケアでは、心理学や色んな座学をはじめ…工作やレクレーションなど様々なプログラムがあり、なかには調理活動もあったりして、通所されている方達と一緒になって様々なおやつを作ることもありました。個人での活動だけでなく、皆で協力して取り組むことにも抵抗がなくなってきて、楽しい日々を送っていました。そんななか…時々、感じることがありました。「やさしい時間」を過ごすことで、とても居心地がいいと感じます。そして…毎日デイケアに通所する日々…「これが日常なのかな??」と錯覚を起こすことがありました。居心地がいい故に「これが日常??…これがずっと続くのかな??」と変な錯覚に陥る…というか感じることが時々ありました。確かに、デイケアは理解し合える方達がいて、とても過ごしやすい時間です。ですが…ここは非日常であって、日常ではありません。もちろん、それはわかっているのですが…ふと「日常なのかな」と錯覚を起こしてしまうことも感じていました。通所されている方達、卒業した方達のなかには、居心地がいい故に「また来たいな」と言われる方達もいます。気持ちはわかりますが、わたしは「もう2度とココには来たくない」と今でも思っています。「居心地のいい、とてもやさしい場所」であるからこそ、ここにずっと居ると自分がダメになってしまう…そんな思いがずっとありました。デイケアに通所して1年、そう考えるようになってわたしは次のステップへ進まなければ…そう考えるようになりました。今からのこと、今後のこと…色々
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デイケアでの気づき…②

デイケアには…一般コースのチャレンジとリワークコースとありました。リワークコースの方達も、リワークプログラム以外は基本、一緒に過ごしています。そのこともあり、休憩時間や朝の体操・散歩…昼食などには話す機会もありました。最初は、私もなかなか人の輪に入れずでしたが、もじもじと見つめていると話しかけてくれたり…と、少しづつ話す機会も増えてきました。当時は人と関わることさえ、おっくうに感じていましたが、次第に…話す機会を通じて、デイケアでは人と関わる楽しさを思い出させてくれました。デイケアに通所している方達の中には…私と同じように復職を見据えて体調を整える方…これから社会復帰を考えられている方…体調維持のために通所している方…就職活動をされている方…など様々な理由で色々な方達が通われていました。通所頻度も、毎日の方、週2~3日、月に2~3回など自身の体調に合わせて、自分で目標を決めて通われています。私もなるべく、朝しっかり家を出て毎日通えるように心掛けました。自然と色んな方達と接する機会も増えていき…様々な職業の方がいることを知りました。皆、職場や日常生活…なかには恋愛での悩みなど人間関係で苦しむ方…仕事のストレスや重責に押しつぶされた方…様々な理由でメンタル疾患を患われてこられた方達でした。同じように苦しんできたことで、お互いに分かり合える部分も多かったですね。社会には…色々な生活や仕事があって…皆、一生懸命に生きているんだ…そんな単純でもあり、あたりまえのことを気づかせてくれたのもデイケアでの時間でした。視野が狭くなっていた私にとっては…様々なことを気づかせてくれた時間となりました
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デイケアでの気づき…➀

こうして…病院併設のデイケアへ約1年半にわたって通所したわけですがデイケアには、一般のコースとリワークのコースがあって最初はチャレンジの意味合いもあり、一般のコースへ通所しました。約1年間こちらのコースへ通いました。最初は…不安があったデイケアですが、自分と同じように「うつ病」で苦しんでいる方、また違った症状で苦しんでみえる方…様々な方達との交流の中で、ひとことで言うと…「やさしい時間」を過ごすことが出来ました。デイケアのプログラムには、SST(ソーシャルスキルトレーニング)や認知行動療法を学ぶもの、心理教育(病気について)など、様々なことを学ぶ座学や、みんなで工作をしたり…ゲームをしたり…身体を動かすものもあり、疲れ切っていた自分にとっては、とても癒しの時間となりました。特に工作分野では、絵を描くものも多く…創作したり描きうつしたり…自分は絵を描くのが好きだったなぁ~というのを思い出させてくれたりしました。SSTは、特に当時の自分は苦手だなぁ~と思うことも多く、例えば…複数人で話している輪のなかに入るという練習が、全く出来なかったです。どのタイミングで何て言って入ればいいのか?皆目見当もつかず、苦労した思い出があります。今でこそ、さらっと会話に入れますが、この当時は全く出来ませんでした。また、病気を学ぶ心理教育では、これまで自分が「うつ病」という病気だということを認識出来ず向き合ってこなかったこともあり、「うつ病」というものの知識を学び、自身が病気なんだ…という認識をここにきて初めて感じました。たぶん、自分がそうだったように…多くの健常者の方達がそうだと思いますが、見た目で怪
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発症から1年を経過して…

休職して1年を経過して、やっと外に出られるようになり、近所を散歩したり…少しづつ買い物に出るように慣らしていきました。この頃は、人の多い場所では動悸や不安感が出てしまい、最初は人ごみの中には、とても出られませんでした。2時間以内の外出でもひどく疲労感が出てしまい、スーパーなどでも周囲の声や音が気になってしまい、買い物にも集中出来ない状態でした。そもそも、集中出来ない状態だったので在宅の時も、テレビなど観ることも出来ず、ひたすら横になって頭の中は空虚感しかなかったです。少しづつ外出しては外に慣れていきながら、外出時間を延ばしていき…外で人と話せるようになるのに、また半年が経過していました。発症してから1年が経ち、ようやく外で人と話せるようになり少しですが笑みもこぼれるようにもなりました。ここまでくるのに、約1年…本当に何も出来ない状態でした。ただ、何も出来ないことに対しても頭の中は回らないので状況や今後に関しても、無感情でした。何に対しても反応がない…そんな状態でした。
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「京都桂川介護心中事件」他人事じゃ~ない(;;

いまだに、たまにおもいだす事件・・・。あれは、2006年2月1日の寒い冬の朝。京都市伏見区桂川の河川敷で、ある親子が心中を試み、母親は死亡、息子は助かった。アパートの契約は、「1月31日」で終了だった。そして、アパート契約の終了した次の日に「50代の息子は、大好きな母と心中」を決意した。(;;「もう、2月分の家賃30000円が無いし、デイケアの3600円払うと、残金は7000円だ」・・・親子は、なつかしい京都の街や鴨川を車いすを引いて「心中旅行」した・・・最後に立ち寄った「コンビニ」で「パンとジュース」を買った。もう、「毎日2回の食事」は必要ない。・・・そして午後7時、京都の街を回り続け、母は言った「もう、家に帰ろう」・・・そして、一度はアパートの前まで二人は帰ったが、そこはもう「自宅」ではない・・・そして、二人は桂川の河川敷へ・・・(それから何時間たったのだろうか?二人は何を語ったのか?、いや、決意するための時間が必要だったのか?いまでは、もうだれもわからない。)「もう生きられへんのやで、ここで終わりや」「そうか、あかんのか。一緒やで、お前と一緒や」「すまんな。すまんな。」「こっちにこい!・・・お前はワシの子や。ワシがやったる」その最後の言葉を聞いて息子は母の首を絞めた。(;;そして、自分も「自殺」を図った。2月1日の朝二人は、発見された。母はすでに死亡、息子は助かった。・・・昔、まだ父親が「呉服店」をやっていたころ。当時は裕福だった。息子は父の後継者となった。しかし厳しい父親だった。「他人に後ろ指さされる生き方をするな」といつも言われた。・・・しかし、不景気で呉服の売り上げ
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現役の精神保健福祉士が回答した「ベストアンサー」#28

精神科病院で働く相談員のottohと申します。 某知恵袋の「メンタルヘルス」カテゴリで、数百件を超えるご質問に回答させて頂いております。 その中でも、ベストアンサーに選んで頂いた質問と回答をご紹介いたします。 回答を見て頂くことで、メンタルヘルスに関して「こういう考え方もあるんだな」「こう捉えるといいかも」と感じ、少しでも生き辛さが軽減することにつながると良いなと思います。 今回は「精神科デイケア」についてです。 【質問】精神科のデイケアってどんなことをするんですか? 人間関係とかもどんな感じですか? 学校みたいなものでしょうか?【回答】そこそこのデイケアで利用の目的やプログラムが異なりますので一概には言えません。 通過型と言われるデイケアであれば、デイケアで生活リズムやコミュニケーションスキルを学び、就労や復学など地域生活を営むためのリハビリテーションに重きがおかれます。 一方、滞在型(?)では、デイのプログラムに取り組んで社会スキルを上げて…というよりは、居場所として利用します。朝起きて、時間に間に合うようにデイケアに参加して、時間になったら自宅へ帰る。次の日にまたデイケアに参加できるように、決まった時間に寝る。日常生活リズムを保つための場、ですね。 デイケアでのルールを守り、決められた時間と場を共有するという意味では、学校的な要素もあるのかも知れません。 学校と異なるのは、利用する目的が一人ひとり異なるという点でしょうか。 学校は、授業や部活以外にも人間関係や社会性を学ぶ場であり、そういった点では共通しているようにも思えます。しかし、登校する理由が一人ひとり異なるという
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デイケアでの気づき⑤~自己分析~人のふり見て我がふり…~

デイケアでの気づきには、対人…相手や周りの人をよく観察して気づくことも多かったですが、意外に周りの人を見て逆に自身のことをより知るということも多かったです。カウンセリングなどでの自身における気づきもありましたが、周りの人の行動や話す内容、振る舞いから…自分はどうなんだろう?と自己分析の大切さも学びました。自身の強みや弱み…特性・性格・傾向など…周りの方達をよく観察することで、自分とは何が違うのかな?自分の強み・弱みはなんだろう??…と色々考えたり書き出したり…そうしたことで、自身が「うつ病」になった要因はなんだろう?といったことも次第に整理していきました。この自己分析は、自分を知ることにとても役に立ちましたし、デイケア以降での機会にも、とても重要なことでした。今まで、自身のことは特に考えたりしたことなく…というより考えること自体をあまりしてこなかったです。そう考えると…こうして「うつ病」になるべくしてなってしまったことや自身を見つめ直すいいきっかけだったかもしれません。デイケアでの毎日は、相変わらず「優しい時間」として通所を続けていました。
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デイケアでの気づき…③

デイケアでは、心理教育、SST、認知行動療法…など座学で学ぶものも多かったですが、私がデイケアへ通って、気づきや学びを得たものはそういった与えてもらうものではなく、デイケアでの日常での気づきでした。自身が感じて思ったこと…考えたこと…そういったものが一番の学びとなりました。その中のひとつが、人の価値観や考え方です。デイケアで同じ境遇の方達が集まっていて、互いに経験から理解を得やすいのはもちろんですが、やはりある程度の集団になれば、価値観や考え方の違いというのは、出てくるものです。デイケアでも、互いに共感し合える方達、意見や考え方に相違のある方達…通所を通して、デイケアの中にもいくつかの人のグループが存在することに気づきました。もちろん仲の良い方達でグループになるのは自然なことですし、いくつもグループが存在するのは普通のことであり、言ってみれば、デイケア内にも人間社会の縮図みたいなものは当てはまるのかな?…というのを感じました。仲の良いグループもあれば…誰々を毛嫌いする方達…そういう相関図的なものを思い描くことも出来ました。私自身は…元来の性格は社交的で誰とでも仲良く出来る性格だったのでデイケア内でも、どのグループとも仲良く接する感じで、相談事も受けたりしていました。ただ「うつ病」を通じて…ここ何年もこういった人付き合いや振る舞いは影をひそめていた気がします。デイケアに来て再び自身を取り戻した感があります。そんな日常の中で気づいたもののひとつに…人の価値観・考え方は十人十色…生きてきた環境も違えば、嗜好も違います。ひとりひとりがオンリーワンであり、皆個性があります。ただ、社会の中
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復職しての1年半…

焦って復職をしたものの…復職プログラムにより時短勤務からスタート…職場も、とりあえず庶務的な業務へ異動しました。体調は…というと、ときおり、めまいに襲われたり…吐き気があったり…と万全ではなかったですが、業務にも次第に慣れていき、人と話すことにも徐々に抵抗がなくなってきました。復職して1年半は、この職場で安心して働くことが出来ていました。ただ、「うつ病」というものを、ちゃんと理解しているわけでもなく、焦って復職したこともあり、自身の体調にも、あまり向き合うこともしていませんでした。仕事をしながら、通院して服薬して…そのうち良くなるだろう…と安易に考えている自分がいました。健常者であり…メンタル疾患や障がいといった世界のこともなんの知識もなく、知る術にも気づかず…遠い別世界のことのように関心を持ちませんでした。そのことがのちに…自身をさらに追い詰めることとなっていきます。
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当時のあの頃・・・

当時、初めて「うつ病」を発症した時は睡眠障害・吐き気・倦怠感がひどく、半年以上は家の中で何も出来ない状態でした。通院をして服薬を始めると薬の影響もあり、2時間ごとに睡魔に襲われ1日の大半を睡眠状態で過ごしていました。外に出ることも出来ず、只々…横になったまま食事ものどを通らず、体重減少も著しかったです。当時は、精神疾患について何も知らずまさか、自身がこんな状態になるとは思いもよらず、先のことも考えられず、外出も出来ないまま半年以上が経過していきました。
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現役の精神保健福祉士が回答したベストアンサー「人間関係とデイケア」

精神科病院で働く相談員のottohと申します。 某知恵袋の「メンタルヘルス」カテゴリで、数百件を超えるご質問に回答させて頂いております。 その中でも、ベストアンサーに選んで頂いた質問と回答をご紹介いたします。 回答を見て頂くことで、メンタルヘルスに関して「こういう考え方もあるんだな」「こう捉えるといいかも」と感じ、少しでも生き辛さが軽減することにつながると良いなと思います。 今回は「人間関係とデイケア」についてです。 【質問】精神科デイケア行くのに疲れました。あと五ヶ月で終わるのですが、その五ヶ月が長いです。 疲れました、どうすればいいのでしょう? 主治医はデイケアの期限が終わった後も他のところを探しなさいって言われたのですが家でゆっくりしてたいです。 回答お願いします。【回答】質問者様のデイケア利用目的も、疲労の原因も分からない中での回答である事をご了解ください。 残りの5ヶ月が耐えられないほどデイケアが疲れるのであれば、そこに質問者様の生き辛さがあるように思います。 体力的にデイ参加の継続が難しければ、当然就労やアルバイトも難しいでしょう。そういうのが目的ではない、というのであっても、家でのゆっくりがたちまち引きこもりにつながる可能性もあります。 主治医の先生が次も探すように言ったのは、生活リズムの維持が質問者様にとって必要だからではないでしょうか。 デイでの人間関係が大変で、というのであれば、それこそ対人スキルを身に付けなければならないでしょう。疲れたからと利用を終了している場合ではありませんし、その支援のために専従スタッフがいるのですから。 相談者様の、どういう生活を送
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リワークコースへ進んで・・・。

デイケアー通い始めて約1年が過ぎ…職員さんの勧めもあって、リワークコースへ進みました。リワークコースといっても、午前中は基本コースと同じ部屋で共に過ごし午後から別室にて、作業療法などリワークならではのプログラムに取り組みます。リワークコースは、復職を目指す方達ばかりなので雰囲気はどうなんだろう?と思っていましたが作業療法に取り組む時は、しっかりやる!それ以外では和気あいあいと、とてもよい雰囲気でした。共に協力しながら、プログラムに取り組み、少しづつ自信を取り戻せる内容でした。当時は「今出来ること確実にやっていこう!」という気持ちで臨んでいました。
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デイケアでの気づき…④~メンタル疾患の認知~

デイケアでは、一般コース・リワークコース…とてもたくさんの方達が通所・卒業していかれました。そんな中で、いわゆるメンタル疾患には「うつ病」以外にも、たくさんの症状・病名があることもここでの学びのひとつでした。デイケアでお話する中で特に多かったのが「適応障害」「パニック障害」「双極性障害」「気分障害」…など、今まで知らなかった病気のことでした。お話を聞いていると生活していく中での体調の変化に伴うつらさから、色んな悩みを抱えている方達なんだな~と知ることが出来ました。正直、この当時は…私は健常者としての意識を持っていました。メンタル疾患についての知識もなく、どういった病気なの?と思うほどで、自身には関係ないことだとさえ思っていました。だからこそだと思いますが、一般社会の人たちからみれば、見た目で怪我や症状がわかる病気と違って、何が悪いの?どう扱えばいいの?と私自身もそれ以前は感じていました。知識もなければ、理解しようという意識もない…そういう立場からすれば、それは仕方ないことかもしれません。当事者からしてみれば何故理解してもらえないの?と思うかもしれませんが理解出来るだけの知識も経験も触れることのない中で理解しようとするのは難しいことです。復職した際も理解してくれようと言葉にはしてくれるけど実際に仕事の中で、それを感じたことはありませんでした。デイケアでは、そういったことも含め、当事者たちばかりが集まっていることもあり、互いに共感できることも多く、逆に「外の世界では気づいてもらえることは難しいなぁ」と感じたことが、デイケアでの気づきのひとつとなりました。
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当時のあの頃…②

外に出ることも出来ずに、半年が経った頃きっかけは何か分かりませんが、散歩程度の外出は出来るようになりました。それまでも、通院のみは外に出ていましたが、2時間ごとに寝てしまうので、いつも待合室で寝てしまっていました。この頃は、人と接することも抵抗があったので、外に出るというだけで、ある種の怖さを感じていました。散歩も最初は…ほんの10分程度から…だんだんと距離と時間を延ばしていき外出することに慣れさせていきました。ちょうど近くに、ちいさな山があったので自然に触れ合う場所としては最適でした。散歩を始めて…また半年以上…外に出ることにも慣れてきた頃、買い物にも、やっと出れるようになりました。…とはいえ、急に睡魔に襲われてしまうので、長時間の外出は、まだ無理でした。2時間毎の睡魔も、だんだんと間隔は長くなって3時間…4時間と起きていられるようにはなっていきました。ここまで来るのに、1年以上を要しました。
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