「常道」それは「日が昇り、沈む当然の常なる道」その本質とは?
易では繰り返し出てくる言葉の一つに「常道」という物があります。常なる道、常道どういう意味でしょうか?1つの答えとしては当然、自然なる普通の態度で日々を過ごす事です。もしくは平々凡々なる態度で普通の毎日を過ごす事です。逆に言いますと特別な事はしないし、起こらない毎日です。当たり前の平日とでも言うのでしょうかこれを易では尊いと考えます。怪我や、病気、仕事等困難の時に初めて平凡のありがたみを知りますよね。あとは背伸びをしない事です。より良い生活を目指す為に、無理をしないという事です。頑張り過ぎない戒めですね。まじめな方ほど頑張り過ぎてしまいます。無理して頑張って背伸びしてこけて怪我をしたら悲しいですよね。もう一つ大事な意味があります。人として常なる道つまり愛慈しみ、悪を憎み、子供や高齢者など弱い立場の人を大切にする事です。易の常道ではこれらは人として当然、当たり前の態度であると考えます。それが易の発祥3700年以上経過しますが、人類はまだ当然とできません。悲しいと思います。「常道」は日が昇り、沈む当然の常なる道とも言えます。当たり前の事ができない、されない時人は困難にあると言えます。挨拶されない、無視される等人として当たり前がない事は幸せとは言えません。また易では中庸を守る事を大切と考えます。良い事が起きれば、悪い事が起きると考えるからです。どうかこれを読むあなたが常道を歩めますように。
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