【基準を立てても謙遜であるべき】
日常的スピリチュアル、安田です。
基準高く歩む目的は
自慢をするためではなく
より大きな目的のために
歩むことが目的なのです。
基準高く歩めば歩むほど
謙遜さが必要なのです。
より大きな目的を
目指していくことで
自分の歩みの小ささを
感じることができるので
謙遜にならざるを得ないのです。
他の人、周りの人が
どうであるかではなく
自分の基準を上げていくことで
より大きな目的のために
歩むことができるのです。
本来の基準から見たら
私たちの歩みは
まだまだなのです。
その本来の基準は
分かるようで分からないのですが
自分の歩みには
余力があることを
知っておくことで
本来の基準を目指す歩みが
できるのです。
基準というのは
学ぶ基準
実行する基準
瞑想、運動の
基準のことをいいます。
基本的な努力を
続けていくことで
基準を上げることができるのです。
基準というのは
過去の自分
今までの自分よりも
高くなっていればいいのです。
人それぞれで
成長の段階
基準が違うので
今できる限りの
基準を立てればいいのです。
他の人、周りの人と比べることで
基準の低さに落ち込んだり
高い基準によって傲慢になるのです。
とくに傲慢の罠に嵌ってしまうと
抜け出すのが大変なのです。
基準の低さに落ち込んでいることよりも
傲慢の罠の方が厄介なのです。
なので
基準高く歩んでいても
傲慢にならない意識が
必要なのです。
傲慢にならないために
誰にも知られないように
努力をすることが必要なのです。
誰でも認めてほしい思い
願いはあるのですが
認められるまでには
相当な努力が必要なのです。
認められること
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