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おじいさんの日記を読ましてもらって思うこと

今日、実家の掃除に行ってきました。わたしの祖母は高齢になり、足がだんだん弱ってきているので掃除ができない為、時々ですが、手伝いに行っています。今日、掃除をしているときに、亡くなった祖父の日記を発見しました。祖父は3年日記というものを長らく付けており、亡くなる年までの3年日記を何冊か見つけたのでした。掃除の手を止めて、しばらく日記を読ませてもらっていました。そこには、今日何があったとか、何をした、とか何を食べたなど、やったことが簡潔に書かれていました。読んでいるうちに「そうか、当時は高速走路が整備されてないから車で旅行にいくとこんなに時間がかかるのか」とか「こんな料理を食べておいしいと思ったのか」と、出来事だけ書いてあってもそれなりに興味深く読んでいました。そして、亡くなる年には入院してからの日記が途絶え、一時帰宅したときのみの日記となり、最後の日記はおそらく祖母によって死亡時刻が書かれておりました。一通り日記を読ませていただいたあと、わたしはもっと祖父の考えを知りたくなりました。日記はもちろん人に見せる為に書くものではないので、どんなことを書いても良いのですが、もっと「入院中に考えていたこと」とか「これがやりたい」とか「これが最高だった」とか「去年と変わってきたところ」「若いときにこれやっておきたかった」「これから先の不安」というような考えが知りたかったのです。私たちはすべからず歳を重ねていきます。そして、その中で環境の変化や体の変化、経済状態の変化、人間関係の変化を経ながら考え方や物の感じ方、食の嗜好なども変わってくるはずです。そのときでないと感じられないこと、その時の希望、
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遠回りにも、ちゃんと意味がある

私たちはつい、「早く結果を出さなきゃ」「間違えないようにしなきゃ」「失敗しないように頑張らなきゃ」そんなふうに、“スムーズに進むこと”を正解だと思ってしまいます。でも人生は、一直線に進むことだけが良いわけではありません。遠回りをした時間。立ち止まった時間。うまく動けなかった時間。その全部に、ちゃんと意味があるんです。たとえば、傷ついた経験がある人は、 誰かの痛みに気づけるようになります。頑張りすぎて苦しくなった人は、 無理をしている人の苦しさがわかります。孤独を知った人は、 ひとりで泣いている人に優しくできます。痛みを知ったからこそ、 生まれる優しさがあるんです。そして、全力で走ってきた人ほど、 本当は「休むこと」が必要です。でも真面目な人ほど、 休むことに罪悪感を感じてしまいます。「まだ頑張れる」 「もっとやらなきゃ」 「休んだら置いていかれる」そうやって、 自分を追い込んでしまうことがあります。だけど、休むことは“逃げ”ではありません。休むことは、 また前を向いて歩くために必要な時間です。疲れたまま無理を続ければ、 心も体も壊れてしまう。だからこそ、 立ち止まる時間は悪いものではないんです。人生には、 あえて足を止める時期があります。うまく進まない時。 予定通りにいかない時。 なぜか動けなくなる時。そんな時は、 「今は休む時なんだな」 「今は自分を整える時間なんだな」そう考えてみてもいいのかもしれません。遠回りに見えた経験が、 あとから大切な気づきになることもあります。あの時休んだから、 気づけたこと。あの時苦しかったから、 出会えた優しさ。あの時立ち止まったから、 見えた
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ホントの、本当。

深〜いところで、あなたの本音は《どんな生き方を求めていますか?》誰にも聞こえない独り言でいいんです。コソっと言葉にして発話してみてください。こう生きたいって。自分軸って、そんなシンプルなところから始まり、磨かれて行く✨本当の自分と、感動の出会いを。真の自分で生きる、真の人生を🍀
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今ある命を全うするために私がしていること2つ

こんにちは。マインドサポーターのhanaです。ようこそお越しくださいました。最近、自分が若い頃からよく知っている歌手や俳優の方が亡くなったり、脳腫瘍や脳梗塞などの病気を公表されたり、といったニュースが続いています。とても心を痛めています。老若男女問わず、突然発見される病もあれば、じわじわと体を蝕んでいく病もあります。「病」とどう向き合うか、というのは、健康であるときから考えておいた方がよさそうですよね。病気にならない、ということは、なかなか考えにくいことです。でも、病気になっても、自分の意思をはっきりともって、命を全うすることは可能だと思っているんです。ということで、今日は、「今ある命を全うするために私がやっていること2つ」をご紹介しようと思います。生まれてきたからには、必ず亡くなります。永遠に生き続けることはできません。私は以前、「いつ自分の命が終わるのかがわからないこと」が、とても怖かったんです。急に自分に何かあったら、家族はどうなるのだろう?私の家とか持ち物とかはどうなるのだろう?そもそも、亡くなるときは苦しいのかな?どのぐらい苦しいのかな?「明日の朝、もし目が覚めなかったらどうしよう」とか考えて、3日ぐらいほとんど眠れなかったこともありました。でも今は、それを克服した、というか、そうは思わなくなりました。「命ある限り、全うしたい」とあるとき思ったんです。いつか終わるなら、今を自分らしく生きたい。そう考えたら、ちょっと吹っ切れたという感じでした。今ある命を全うするために、私がしたことは、2つです。①エンディングノートを書き始めた「命を全うすること」と「エンディングノート」
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あと1年の命をどう過ごすか?

今日、私の父親が亡くなったのと同じ年になったことに気が付きました。そして、ふと「わたしはなぜまだ生きていられるのだろう?」と考えてしまいました。その瞬間、チャネリングに入り、守護霊様の1人がこんな話をしてくれました。「実は今日がお前の命日で、亡くなることが決まっていた。だけど、もっと生きたい、というお前の精神の頼みを聞いて、魂は寿命を1年だけ伸ばしてやることに決めた。今日がその1日目だ。さぁ、お前はどう生きる?」さて、この話は本当にわたしの命日だったわけではなく、例え話としてしてくれたので実際に1年後に死ぬとは限らないのですが、どちらにせよ、わたしたちには寿命があります。誰もが避けて通れないのに、ほとんどの人はそのことを考えていません。では、タイミリミットが1年間だと決まっていたらどうしますか?初日の今日は、何をするでしょう?わたしはまず、身辺整理をするかなと考えました。ぜひ、みなさんも考えてみてください。きっと明日から人生が変わってくるでしょう。
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通訳者の日常125 どう生きるか?資本主義社会の歩み方

自分がどう生きるか?皆さんは、自分がどう生きるかを考えたことがありますか?私は海外生活が長かったので、明確に「どう生きるか?」を考えました。お金と時間私はお金をたくさん稼ぐために時間を消費するよりも、まったりした時間や社会貢献が大事だと感じでいます。資本主義社会には2つ選択肢があります。競争に参加する競争に参加せず、自己満足を選ぶこの2つです。私は後者です。資本主義社会の中では勝者ではないです。お金はたくさん稼いでいるとは思えません。資産も多くないです。ただ、自分がやっている社会貢献などに満足のいく人生を送っています。そこに気づいたのはとても良かったことです。いつまでも競争にこだわらない方がいい競争に勝とうと思うなら、ベゾスやバフェットと競争するようなものです。なにかと比べると言うことですから。そこから抜け出して、競争をしない選択を取っています。例えば、給料はそこそこだけど、副業で自分の好きなことができているとかです。ボランティアでもいいと思います。まとめ競争はしない方がいい
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