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厳格で完全完璧なカルマのしくみ

こんばんは。光の翼 ここみんです。いつもブログをお読みくださり、ありがとうございます♪先日のブログ更新の直後、「貴方はいつでも全力で大切な者を守っている…。」…と突然、ハートから言葉が現れた。ハイヤーセルフまたブログ読んだね…笑笑「守っている??そうなのかな…。自分では、そのつもりないけど。」あの当時は、子供たち。現在は、ワンコと子供たち。そうか…。私にはいつも全力で守りたい大切な存在がいる。ハイヤーセルフの「2元の光も闇も両極を受け入れる。」…に従って、覚悟を決めるためにもブログでぶっちゃけたけど…。やっぱり世の中は分離の意識が強い…。予想通り。あの職業を受け入れるのはいきなりハードル高いからムリもないか…。すべての物事や状況には善も悪もなくニュートラルだが、やはり風俗は「悪」と受け取る者が多い…。…ということだな。本来、二ユートラルなものを「悪」と捉える度に周波数は落ちていくのだが…。人間意識ではいきなり矛盾にぶつかりそれ以上は一向に理解が進まなくなる…。だからこの世の中は差別や偏見が一向に無くならない。その痛みや苦しみを察することができない。知らない無知からその状況の他者を差別したり好奇の目で見たり偏見の目で見る。善悪の区別なくニュートラルに物事を受け入れられる者はごくごく少数でかなり限定されていく。あるがままで在るほどハイヤーセルフに近づいていくが、ジャッジを持つ他者の方からひっきりなしに代わる代わる自ら去っていく。じーっと観察しているとうーん…。バタバタと行ったりきたりめちゃ忙しそうだ…汗もちろん当方はあるがままでOKなので何にもしない。起こるに任せる。好きも嫌いも判
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完璧主義の勘違いに気づかせてくれた芸人トーク

こんにちは。うららです。今年の夏から秋にかけてお笑い芸人のエピソードトークをやたらと目にする時期がありました。そのなかのひとつを紹介します。ある若手芸人さんが、仕事を依頼されました。それまで経験したことのない大きな仕事でうまくできないんじゃないか・・・失敗したらどうしよう・・・と、不安になった彼は、先輩の芸人さんに相談したところその先輩はこう言ったそうです先方が(お前の考えているような)完璧さ、ハイクオリティを求めているならお前になんか依頼せえへん。自分がそんなすごいと思うな。自分にできることをやったらええねん。わたし、これ聞いて、すっごいラクになりました *˘◡˘*ホッ そうだよね。『このわたし』が求められているのだから『完璧なわたし』になろうとする必要ないじゃん。 自分の中にある完璧主義が、アホみたいに思えた (≧∀≦)  とりわけ『自分がそんなにすごいと思うな』というところは響いたなぁ。 “不完全”な自分を認めず“完璧”であろうとすることは謙虚なようで、じつは傲慢と紙一重前向きなようで、じつは後ろ向き……なのかもしれません。  エンパスはどーしても他人軸になりやすく自己イメージがぼんやりしがちなので この先輩芸人が後輩芸人を見たように(確か『笑い飯』の西田さんだったと思います)別の角度・視点から自分を見てみるということがとても大切になってきます。
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(386日目)ワイと助手〜完璧を求めると面白みがなくなる〜

ワイ「こんにちは。」助手「こんにちは。ってか久しぶりだね。」ワイ「そうですね。お元気ですか?」助手「私たちを登場させないのは主のサボりだと思います!」ワイ「たぶんネタが浮かばなかったんでしょう。察してあげて下さい。」助手「で、久しぶりになんで私たちが登場させらたんだろ?」ワイ「今日のネタを書きながら、一人語りだとしんどいと感じたらしいですよ。」助手「都合いいように使われてる気がして気分悪いよ。」ワイ「都合のいい女。」助手「なんか意味が違うけどね。」ワイ「実は昨日社員旅行行ってきました。」助手「そうなんだ。楽しかった?」ワイ「そうですね。昼間から酒飲めますし。」助手「欲望の赴くままに生きてるよね。ってお酒辞めたって言ってなかったっけ?」ワイ「言いましたよ。」助手「ダメじゃん。」ワイ「なぜです?」助手「一度決めたことは全うしなさいよ。」ワイ「考えてみて下さいよ。自分に厳しく、決めたことを完遂するのって心の健康に悪いと思いませんか?」助手「すっごい都合のいい考え方。」ワイ「心身を労るために酒を辞めたのに、我慢して心を痛めてしまっては本末転倒ですから。」助手「アナタって自分に甘いよね。」ワイ「違いますよ。今の自分にとって何がベストを追求した結果と言って欲しい。」助手「でも世の中見渡したら自分に厳しく律している人もいるよ。」ワイ「人は人。自分は自分。」助手「言ってて恥ずかしくない?」ワイ「まったく。」助手「聞いてるこっちが恥ずかしくなってきたわ。」ワイ「完璧主義で全うできる人はすればいいんです。私にはそれができないので、自分にとって最適な生き方をしているだけです。」助手「アナタらしいわ。
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【自己成長に集中する】

日常的スピリチュアル、安田です。 自分の成長は 自己責任であり 自分で努力をしなければ 成長はできません。 どんなに大金を積んでも 自分で努力をしなければ 努力をしたことにはならないのです。 努力がしやすい環境を つくることができても やはり自分で努力をしなければ 努力をしたことにはなりません。 この当たり前のことが ぼやかされてしまうと 自己責任が悟れないのです。 私たちができることは 自分の努力だけなのです。 他の人の努力を 代わってすることはできないし 自分の努力を 他の人に代わって もらうことはできません。 なので、自分の努力だけに 集中し、投入していけばいいのです。 自分の努力に集中することで 自己成長に集中することができ 投入する歩みができます」。 成長というのは 自分のペースで歩み 努力することで 健全に成長ができるのです。 過去の時代は、他の人と比べて 成長の基準を決めていたのですが その基準というのは 何の根拠もないのです。 他人と比べて 成長する時代は終わり 過去の自分と比べて どれだけ成長したかなのです。 成長することは 誰でも求めているのですが 努力することに 苦痛を感じてしまい 苦痛を感じてまで 成長したいとは 思わないのです。 ですが、成熟した今の時代では 成長することを求めていかなければ 行き詰まるようになります。 外的な環境が満たされることで 自分が成長していないことに 行き詰まりを感じるのです。 時代の恩恵によって 心霊基準が上がることで 我知らず本質を求めるのですが 本質を求めることで 成長ができていないことに 気づくことができるのです。 本
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【少数派を覚悟する】

日常的スピリチュアル、安田です。 究極の理想は 皆が皆、努力をして 高い意識で歩むことなのですが 現実的に そのように歩める人は 少数なのです。 努力すること 努力を続けることは 特別なことではなく 当たり前のことなのですが この当たり前のことができるのは 少数派なのです。 高い意識で、高い基準で 歩める能力は誰にでもあります。 能力があったとしても その能力を発揮できる人は 少ないのです。 過去の時代では 環境的な制限によって 高い意識、基準で 歩めないのは 仕方がなかったのですが 今の時代の環境は 完全完璧ではないのですが 努力ができる環境ができているので 言い訳ができないのです。 努力ができるか できないかは 感情の問題なのです。 この感情の問題は 一人ひとりで解決しないと 努力をすることはできないのです。 努力をする 続けることは 少数派であり 高い意識、基準で 歩める人は 少数派なのです。 なので、他の人 周りの人と比べては いけないのです。 少数派になることを 覚悟していくことで 自分のペースで歩むことができ 基準高く歩めるようになります。 高い基準で歩める人は 他の人、周りの人に 期待してはいけないのです。 期待をしないで 影響を与えることで 気づきや悟りを 与えられることがあります。 完全に影響を与えて 気づきや悟りが 与えられるとは限らないので 期待はしないでください。 私たちにできることは 自己責任を全うすることだけです。 自己責任は努力を続けて 最善を尽くすことができれば 全うすることができます。 私たちは自分にできることは 他の人もできると 思い込んでし
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【本物しか通用しない時代】

日常的スピリチュアル、安田です。 本質の時代になることで 本物しか通用しなくなりました。 本物というのは 完全完璧ということではなく 嘘、偽りがないことをいいます。 簡単に言えば 正直であれば 本物だということです。 私たちには 本音と建前があるのですが 建前であったとしても 嘘、偽りがなく 正直であるべきなのです。 ありのままの全てを さらけ出す必要はありませんが 自分に対してだけは 正直であるべきなのです。 本物になるしかない時代なので 本物になるための 努力が必要なのです。 ありのままの自分を知り 向き合うことで 本物になるための 努力ができるのです。 ありのままの自分を知るために 瞑想の習慣が必要なのです。 瞑想の習慣によって 雑念を流すことができ 雑念を流した先に 悟りの境地に至れるのです。 悟りの境地に至ることで 本物になることができるのです。 瞑想の習慣によって 本物になるための 努力ができるのです。 本物しか通用しない 時代になることで 今まで見て見ぬフリをしてきたこと 曖昧にしてきたこと 先延ばしにしてきたことが あからさまになるのですが 本質時代に合わせるためには 産みの苦しみの境地が必要なのです。 全てがあからさまになるのですが 隠していたことがバレるというよりは 本質が見えてくるということです。 なので、今までは 通用していたことでも これからの時代では 通用しなくなるのです。 時代の転換期というのは 時として、強制リセット されることもありますが 本質時代に合わせるために 起こる現象なのです。 本質時代になるといっても 急激に変わることもあれば 徐々に
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【問題意識を持つ】

日常的スピリチュアル、安田です。 問題というと 悪いことのような 印象がありますが 問題があるので 答えがあるのです。 今の時代は 自分で答えを見い出すことが 求められているので 問題意識が必要なのです。 問題意識を持つことによって 問題解決に必要なことを 創造することができるのです。 誰も自分のことが 完全完璧とは思っていないのですが 問題と向き合うことには 抵抗があるのです。 ありのままの自分を把握することに 恐怖を感じてしまうのです。 他の人の課題 問題については 客観的に観察できるのですが 自分の課題、問題とは 向き合いたくないのです。 そして、他の人の課題、問題は 「もっとこうすればいいのに」と 問題を指摘したくなるのです。 問題意識というのは 自分のことに対して 意識することをいいます。 他の人の問題に関心をもっても どうすることもできないのです。 最も向き合いたくない 自分の問題に向き合うことで 何が必要なのかを 悟ることができるのです。 問題があることが 問題なのではなく 問題意識が持てないことが 問題なのです。 問題意識を持ったからといって すぐに解決できるのではないのですが 問題意識を持つことで 生み出せることがあるのです。 自分次元の問題を把握していくことで より大きな問題の把握もできるのです。 なぜなら 全てが連結されているので 自分次元の問題も より大きな問題も 同じ次元で 見ることができるのです。 これは、感覚的に 感じることができるのですが 問題意識を持つことで 感じられる境地なのです。 私たちに問題が与えられるのは 解決するだけではなく 答えを生
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【心霊基準を上げる習慣】

日常的スピリチュアル、安田です。 心霊基準は習慣によって 上げることができます 心霊基準が上がる歩みを 習慣にしていくことで 心霊基準を上げることができます。 当たり前で シンプルなことなのですが この当たり前で シンプルなことが できていないのです。 心霊基準が上がる歩みといっても 基本的な努力しかできないのです。 学ぶこと 実行すること 瞑想、運動という 基本的な努力を続けることで 心霊基準を上げることができます。 心霊基準を上げるといっても 過去の自分の心霊基準よりも 上げるということです。 他の人、周りの人に 自慢をするために 心霊基準を上げるのではないのです。 自慢するつもりは なかったとしても 他の人と比べてしまうと 無意識に自慢したくなるので 意識的に比べないことが 必要なのです。 他の人の心霊基準が どうであるかはどうでもいいのです。 心霊基準は自分で上げなければ 上げることはできないのです。 心霊基準が上がった境地というのは 物事の見え方が変わり 捉え方が変わったことが 実感できる境地のことをいいます。 そして、心霊基準が上がることで 基準高く歩むことが できるようになります。 私たちは成長と共に 基準を上げていくように なっています。 子どもの頃は 小学1年生から 学年ごとに基準が 上がるのですが 大人になってからは 年齢だけを積み重ねても 基準は上がらないのです。 自分で意図的に 努力をしなければ 基準は上がりません。 心霊基準を上げるといっても 現実の環境の中で 努力をすることで 上げることができるのです。 中には心霊基準が上がることで 霊的に敏感になっ
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【努力を続けるスキル】

日常的スピリチュアル、安田です。 努力というのは 気合、根性、意志の力では 続けることはできません。 努力は習慣の力で 続けることができ スキルによって 続けることができます。 スキルというのは 誰でも身につけることができます。 まして 努力を続けるスキルであれば 誰でも身につけられるのです。 なぜなら どんな人でも 努力ができるように なっているからです。 努力が続けられないのは 完璧主義さと 他の人と比較することが 原因で続けられないのです。 完璧にならないと 努力ができないとなると いつまで経っても 何も始められないのです。 努力は完璧ではないから 必要なのです。 もし、完璧であれば 努力をする必要はありません。 何でも知っていて 何でもできるのであれば それ以上 何も求めなくていいので 努力のしようがないのです。 この一見 当たり前のことが ぼやかされてしまうと 何も前に進めなくなり 常に流されてしまうのです。 努力というのは 学ぶこと 実行すること 瞑想すること 運動することをいいます。 この4つの努力を 習慣にすることで 努力を積み重ねることが できるようになります。 まずは完璧主義さを 手放すことなのですが 完璧な環境が 自然に整うことはないので 諦めてください。 今の現実の環境の中で 工夫をしていくしかないのです。 そして 他の人と比較するのではなく 過去の自分と比べて どうであるかを 採点してみてください。 過去の自分と わずかでもできることが 増えているのであれば 成長しているということです。 自分
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【全てのことに根拠は無い】

安田です。 私たちは根拠があって 歩んでいるのではないのです。 全てのことには 全く根拠はないのです。 なぜなら、未来のことは 誰にも分からないからです。 遠い未来のことは 分からないし 厳密に言えば 今から1時間後のことも 分からないのです。 予測をすることは できるのですが 根拠があっての 予測ではなく 過去のデーターや 時代の流れのパターンや 今の波動の延長線上からの 予測にすぎないのです。 全てのことに 根拠がないということを 知っておくことで 根拠がないという前提で 歩むことができるのです。 根拠がないというのは まだ何も決まっていないということです。 決まっていないことを 勝手に決めてしまうと 何もしないで 結論を出してしまうのです。 とくに今の時代は やってみないと 分からないことばかりです。 挑戦してみて 実行してみて その結果から 判断するしかないのです。 これは今の時代に限らず 過去の時代でも 未来の時代でも 変わらない 永遠の法則なのです。 私たちは無意識に 確実なことを 求めてしまうのですが 完全完璧な確実なことは 存在しません。 全てのことは 不確実なのです。 不確実だからこそ 目の前のことに 最善を尽くせるのです。 リスクというのは 不確実性のことをいいます。 リスクの大小はありますが 全てのことにリスクがあるのです。 なので リスクを避けようとすればするほど 何もできなくなってしまうのです。 今からの時代は 自分から主体的に歩めないと 何もできなくなります。 受け身でいては 誰も何
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【学んだことを自分なりにアレンジする】

安田です。 今までの学びは インプットばかりに 偏っていたのですが これからの学びには アウトプットが より必要になります。 インプットだけの 学びでなく アウトプットのための 学びが必要なのです。 学んだことを アウトプットするには 自分なりのアレンジが 必要なのです。 自分なりのアレンジというと 何か頼りなさを感じてしまうのですが どんな人の教えも 自分なりのアレンジであり 解釈にすぎないのです。 なぜなら 完全完璧の正解を 出せる人はいないからです。 極端にズレていなければ 自分なりのアレンジによる アウトプットによって 他の人にヒントを 与えることが できるのです。 学んだことを 自分なりに アレンジすることで 学んだことの価値を 高めることができるのです。 知識の発達というのは 学んだ人が自分だけに 留めていては 発達していかないのです。 多くの人は インプットは 否応なしに 行ってきたのですが アウトプットを やってこなかったので 知識の発達が 成されていないのです。 自分なりのアレンジを していく人が増えることで 一つの知識が 双方からの解釈ができ 発達していくのです。 私たちは 完全完璧の答えや 一つの正解しかないと 教えられてきたので 自分なりのアレンジ 自分の解釈というのに 抵抗感を感じてしまうのです。 今からの時代は 「私はこう思う」という 自己主張が必要なのです。 その自己主張が アウトプットであり アウトプットをすることで 価値を生み出すことが できるようになります。 創造力というのは 自分
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