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愛の形

こんにちは*^^*ありがとう~~~~~~が湧いてきています。なぜ繋がるのかわからない中で、ご縁を繋げて頂けるみなさんとお話できることが有難く・・・皆さんそれぞれの世界観が、豊かだなと。経験を分かち合わせていただけることが、深い喜びです。一人一人が様々な側面を体験しているのですね。その一つ一つが大きな一つとなって・・・その現れる体験に、上下もなく、差はなく同じ。差を生むのは自分自身。それぞれの世界観の中で、愛を知るという体験。様々な愛の形。”愛する”必要もなく”愛そう”とする必要もなく私たちそのもの見えるものそのものが愛。ただただ、喜び、今の豊かさを味わっていることが存在そのものの喜びであり、愛そのもの。昨日、ふと観ていた過去のドラマの中でマザコンというのか、お母さんをこの上なく大切にする主人公のお話で。その仲間たちが”あいつは母親を大事にしてるけど、決して他にそれを押し付けたりしないよね。大事にしなきゃだめだよなんて言わないよね。それって、純粋に、ただ好きで愛なんだろうね”というようなセリフがありました。義務感から何かをしてるときって、それをしていない人を見ると否定が沸き上がってきたりします。奉仕なんかもそうかもしれませんね。しなきゃ!でしてるときって、しない人を見ると卑下するような感覚が湧いてきたりするのかもしれません。そのような感覚が湧いて来た時、内側の自分に、それは純粋な想いから?と聞いてみるといいかもしれませんね。純粋な愛で在るときは、その状態を他に押し付けたりはしなくなる。他は気にならないのですよね。ただただ、愛で在る。湧き上がるままで在る。~する、しようが薄れてくる
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誹謗中傷もあなたへの愛の形であり、あなたを好きな人からの贈り物です

こんにちは。恋愛小説作家&占いサイト鑑定師の紫メガネです☆彡表題を見て「何を言っているんだ?」と思った方も多くいるでしょう。先日ですが執筆している携帯小説サイトで初めて誹謗中傷をされました。今まで執筆して3年以上ですが、こんな事は初めてでショックでした。作品自体をけなされているようで・・・しかしですね。高次元からはこう降りてきたのです「誹謗中傷も愛だ」と…。愛する気持ちと憎しみは背中合わせです。好きって気持ちと嫌いって気持ちも背中合わせです。どいゆう意味かと言いますと。どちらも、あなたに気持ちがあるから表している気持ちなのです。つまりですね。誹謗中傷する人って、興味があって作品を読んでいるのですよ。そして誹謗中傷しているわけですよ。興味が無くてなんとも思わない作品なら見向きもしないでしょう。読むのだって時間がかかるわけでしす、気持ちがないなら何があろうと無関心です。それをわざわざ誹謗中傷という形で足跡を残すのは、自分の事を見てほしいのと構って欲しいのもあるわけであり…誉め言葉なら気持ちよく対応してもらえてもどれってありきたりって思っているのでしょうね? だからあえて誹謗中傷して違う表現して欲しいのですね。嫌な感じですがこれも愛なんですよ。小さな子供が構ってほしくて、わざと悪戯して親を困らせるのと同じです。もちろん誹謗中傷なんて愛は受け取れませんが、それを否定して怒ってしまうと相手の思うツボなんです。公表して「こんな事されました」なんて言って擁護する人が出てくると、騒ぎになる事で誹謗中傷した人って自分に注目されていると喜ぶのです。理解できない事ですがこれが事実です。なので誹謗中傷
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「同性愛という“自然な愛”について考える」

近年、社会の中で「多様性」という言葉をよく耳にするようになりました。その中でも特に議論されることが多いのが、同性愛というテーマです。しかし、本来「誰を好きになるか」という感情は、とても個人的で自然なものです。異性を好きになる人もいれば、同性を好きになる人もいます。それは“特別なこと”ではなく、人間の感情の一つの形に過ぎません。愛の形は一つではない私たちは長い間、「恋愛=男女のもの」という価値観の中で生きてきました。しかし世界を見れば、さまざまな愛の形が存在しています。・男性が男性を愛する・女性が女性を愛する・性別に関係なく人を好きになるどれも、人が誰かを大切に思う気持ちから生まれるものです。愛の本質は、「相手を思いやること」「一緒にいたいと思うこと」そこに性別は本来関係ありません。同性愛は特別なものなのか歴史を振り返ると、同性愛は決して新しいものではありません。古代ギリシャや日本の歴史の中でも、同性同士の愛は存在していました。つまり同性愛は「最近生まれたもの」ではなく、人類の歴史と共に存在してきた自然な感情なのです。ただ、社会の価値観や宗教、文化の影響によって「見えにくくされてきた」だけかもしれません。偏見が生まれる理由同性愛に対する偏見は、主に・知らないことへの不安・慣れていない価値観・社会の固定観念こうしたものから生まれることが多いと言われています。しかし実際に多くの人と出会い、話し、理解を深めていくと、そこには私たちと同じように笑い、悩み、恋をする人がいるだけだと気づきます。違うのは、「好きになる相手の性別」だけなのです。本当に大切なこと恋愛で大切なのは、性別ではなく 人
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「同性愛という“自然な愛”について考える」

近年、社会の中で「多様性」という言葉をよく耳にするようになりました。その中でも特に議論されることが多いのが、同性愛というテーマです。しかし、本来「誰を好きになるか」という感情は、とても個人的で自然なものです。異性を好きになる人もいれば、同性を好きになる人もいます。それは“特別なこと”ではなく、人間の感情の一つの形に過ぎません。愛の形は一つではない私たちは長い間、「恋愛=男女のもの」という価値観の中で生きてきました。しかし世界を見れば、さまざまな愛の形が存在しています。・男性が男性を愛する・女性が女性を愛する・性別に関係なく人を好きになるどれも、人が誰かを大切に思う気持ちから生まれるものです。愛の本質は、「相手を思いやること」「一緒にいたいと思うこと」そこに性別は本来関係ありません。同性愛は特別なものなのか歴史を振り返ると、同性愛は決して新しいものではありません。古代ギリシャや日本の歴史の中でも、同性同士の愛は存在していました。つまり同性愛は「最近生まれたもの」ではなく、人類の歴史と共に存在してきた自然な感情なのです。ただ、社会の価値観や宗教、文化の影響によって「見えにくくされてきた」だけかもしれません。偏見が生まれる理由同性愛に対する偏見は、主に・知らないことへの不安・慣れていない価値観・社会の固定観念こうしたものから生まれることが多いと言われています。しかし実際に多くの人と出会い、話し、理解を深めていくと、そこには私たちと同じように笑い、悩み、恋をする人がいるだけだと気づきます。違うのは、「好きになる相手の性別」だけなのです。本当に大切なこと恋愛で大切なのは、性別ではなく 人
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スマホの画面

ケータイやスマホの待ち受けがペットの写真の男性は浮気する。もしかしたら、だいたい想像がつくかもしれないです。それが浮気かどうかはさておき、ケータイやスマホの待ち受けにしているペットの写真が話のきっかけとなって・・・というのは、男性が女性を口説くときの常とう手段と言っても過言ではありません。実際に使用するしないにかかわらず、無垢な動物をダシにして、自分が生き物を愛する人畜無害の心優しい人間であることをアピールしたいという隠された願望がある。要するに、スケベ心があるわけです。ちなみに、いわゆるキャバクラなどに勤務している女性がペットの写真を待ち受けにしている場合は、しつこい客からアフターや店外デートの誘いを断るための方便と言われているようです。「行きたいんだけど、お家でワンちゃんが待ってるの」的な・・・。あくまでも伝聞情報です。
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愛は形を変えて続いていく

夜明け前の東の空で…金星と細い月が見えるでしょう☺️✨心に声に耳を傾けて♡愛は形を変えて続いていきます。どうか、今の自分を責めず、心の声に耳を澄ませてください。天はいつでも…あなたさまたちを愛し、見守っています。
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