【前編】外にいる私 ― ハイヤーセルフが操縦する“器” ー仏教などににみる自己の入れ子構造
※「ハイヤーセルフ(高次自己)」の感じ方や受け取り方は、人によってさまざまです。ここでお伝えする内容は、私なりの理解と各伝統の叡智をもとにした一つの参考として、ご自身の感覚に響く部分だけをやさしく受け取っていただけたら嬉しいです。私たちは、ふだん「自分の身体を動かし、考え、感じているのは自分だ」と思っています。けれど、静かに内側を見つめていると、ふと気づく瞬間があります。――まるで、自分の“外側”から誰かがこの身体を操作しているような感覚。その“誰か”こそが、ハイヤーセルフ(高次自己)と呼ばれる意識です。それは、身体の奥に“閉じこもって”いるわけではなく、身体の内側にも外側にも、同時に広がって存在している「包みこむ光」。私たちはその光の中心に、“意識の焦点”を当てて生きているにすぎません。シュタイナーはそれを「Spirit-Self(霊的我)」と呼び、ケイシーは「Higher Self(高次自己)」、仏教では「阿摩羅識(あまらしき)」、ヨガナンダやババジは「Divine Self(神我)」と呼びました。どの教えも、共通して伝えています。「私という存在は、肉体を中心に、何層もの光の領域が入れ子のように重なっている」と。この記事では、・自分の外にいる“自分”とは何か・その“外側の自己”がどのように身体と世界を操縦しているのか・そして、どうすればその“源”と意識的に繋がれるのか――を、シュタイナー・ケイシー・仏教・ババジ・ヨガナンダ の智慧を通して、やさしく紐解いていきます。1:見えない操縦席:ハイヤーセルフという視点深い静けさの中で目を閉じると、自分の“思考”や“感情”を、どこか少
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