ほたるの光と人生と。
蛍を見に行って、2回連続一匹も見られなかった。でも、なんか不思議とイラつかなかった自分を思う。1回目は、知らない場所。グーグルマップでやっとこさ到着した所は、何故か普通の住宅街で。でも、歩いている人に道を聞いて親切に教えてもらったり、暗い夜道を懐中電灯を使って子供達と歩いたり、それだけで楽しかった。2回目は、2年前に行って知っていた場所。だけど天気の関係で(期待しないでおこう)と決めていたからか、半ばやけっぱちで歩いた。でも、響き渡る蛙の声は心地よかったし、「行った」って事だけでなんだか満足できた。それで、ふと「ホタルの光」から「希望」って言葉を連想した。そしたら、あぁやだやだ、薄っぺらいって思った。希望を持とうとか、希望があるとか、薄っぺらいって思ってしまうほど、私はすれてしまったのかもしれない。たくさんの希望が叶わなかった経験をしてきたから、そう思うのかも知れない。だけど、もしそれで言うなら。希望が叶えられなくても、その希望に向かって歩けたこと自体が幸せだったんだな。「希望を叶えなければ、幸せになれない」 そんなわけない!そんな風に思えたことが、私の大きな成長なのかも。なんて思った。「希望=薄っぺらい」この人生の図式の向こう側に、たくさんの感情を味わってきた。希望=挫折=あきらめ=くだらない=悲しみ=怒り=薄っぺらい=馬鹿らしい。そんな風に考えた時、私の生きてきた数十年にお疲れ様を言ってあげたくなった。「お疲れ様、私。よく頑張ってきたよね」って。ほたる、次は見られたらいいな。その時は、単純に、綺麗だねって、無邪気にそれだけ思えたらいいな。そもそもほたるの光からこんな連想しち
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