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なぜ「翻訳力」なのか

〜転校生の孤独と、命の現場で磨かれた「届く言葉」〜「日本語で喋って😂」そう思ってしまう私。ビジネスの世界には、難しそうな外来語があふれています。 でも、カッコつけた言葉をどれだけ並べても、相手が受け取れなければ、その言葉の価値はゼロ。ただの「不協和音」になってしまう。私にとっての「翻訳」とは、小難しい用語を並べることではなく、相手の心に、一番温かい温度で想いを届けることです。転校。転校。また転校私のこの「翻訳力」の原点は、振り返ると幼少期にありました。 転勤族の父について、西へ東へ。を繰り返す。数年おきに繰り返される転校。 誰も知らない土地で、一から人間関係を築く日々。 生き抜くために、私は無意識に「相手が何を大切にしているか」にアンテナを張り、その場にふさわしい言葉を選び取る術を身につけました。 (ちゃんと自分の思いがあることだけですよ笑)それは、ある種の「英才教育」だったのかもしれません。無意識に「生き抜くための術」を身につけていたんだろうな。と。相手が誰であっても動物病院で、言葉を話せない命の声を「目」で読み取ってきた経験。 そして、小さい子供、お客様、あるいは自分の子どもや親。 私たちは相手によって、自然と口調や選ぶ言葉を変えていますよね。私はそれを、お客様との対話(ヒアリング)で徹底的にやるだけ。 「どんな背景を持ち、どんな言葉を使い、何を大切にしているのか」 最大限にアンテナを張って、あなたの物語を引き出します。伴走者として、あなたの「宝の地図」を・・・私は、あなたの知らない世界を知っているわけではありません。 でも、あなたが大切にしている「本質」を、あなたの言葉、
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台湾と中国、2つの中国語

「翻訳」とは、単に言葉を置き換える作業ではありません。それは、その言葉が育まれてきた土壌や、背負っている歴史、そして今まさに変化しようとしている社会の空気を、別の器へと慎重に移し替える「文化の密輸」のようなものです。 私は北京の灰色の空気と、台北の湿り気を帯びた風の両方を肌で知っています。同じ「中国語」という看板を掲げながら、その実態は驚くほどに異なります。今回は、私が翻訳者として、あるいは生活者として直面した、二つの中国語にまつわる3つのエピソードを綴ります。 消された「レーザー」——純血主義の北京 数年前、北京の出版社から、ある最先端技術に関する解説書の翻訳を依頼された時のことです。 技術用語の翻訳は、その国の「言語に対する姿勢」が最も顕著に現れます。私は当初、台湾での習慣に倣い、「レーザー」を「雷射(レイ・シャー)」と訳しました。これは英語の「Laser」の音を当てた外来語です。しかし、大陸側の編集者から返ってきた原稿には、真っ赤な修正が入っていました。 「これは『激光(ジー・グァン)』に統一してください。音訳は好ましくありません」 中国大陸では、近年の自国文化への自信と、それと表裏一体の民族主義的な背景から、外来語をそのまま取り込むことを極端に嫌う傾向があります。「光の激しい放射」という意味を持つ「激光」という言葉は、確かに論理的で機能的です。しかし、そこには「外部の言葉を自分たちの論理で飼い慣らす」という、ある種の排他性と強固な意志が宿っています。 かつては「マクドナルド(麦当労)」のように音を写す寛容さがあった大陸の中国語ですが、現在は「外来の概念も、中国語の純粋な
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誰よりも、一人のファンへ

 〜アメブロの夜が教えてくれた、言葉の本当の価値〜「なんで昨日、ブログ上げてないの?」数年前、私が人生のどん底にいた頃。毎日、必死に自分を保つために書き綴っていたアメブロがありました。 誰かの救いになれば、なんてカッコいいことを思いながらも、実は自分が一番救われていたあの時間。そしてそのブログの「一番のコアなファン」は、実は日々一生懸命にもがいていた娘でした。 「あれを読まないと、一日が始まらないんだよね」母親の、カッコ悪くてみっともなくて、出口が見えない葛藤。 それを毎日「開示」し続けた私の言葉は、知らない誰かではなく、一番近くにいる一人の少女の「心の灯台」になっていたのです。プライドよりも、開示を選ぶ理由私は、立派なことを言うプロではありません。 でも、カッコ悪くても哀れまれても、自分の内側をさらけ出すことはできます。なぜなら、その「痛み」や「迷い」を言葉にすること(翻訳すること)が、どれほど人を、そして自分を救うかを知っているからです。「ぼんやりとして形のない苦しさ」を、名前のある「形」に変える。 それは、私が娘との日々、そして動物たちの命と向き合う現場で、死に物狂いで磨いてきたギフトです。NeoSerenaが届けるものあなたが抱えている、言葉にできない「もやもや」。 それは、いつか誰かの救いになる「宝物」の原石かもしれません。私はあなたの伴走者として、そのぼんやりした想いに光を当て、一番ふさわしい「形」に翻訳します。 かつて、私のつたないブログが娘の明日を照らしたように。この物語の始まり(第1話)はこちらhttps://coconala.com/blogs/164612
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