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離れても消えないもの ― 見守る愛のかたち ―

廉清生織のブログの部屋へようこそ思春期のお子さんと向き合っていらっしゃるご両親へ 捧げる詩を そっとお届けしますねその手を 離すことは愛をやめることではない守り続けた日々の中であなたはもうたくさんの大切なものを 届けてきた言葉も 背中も迷いながら選んできた時間もちゃんと あの子の中に残っている届いていないように見えても伝わっていないように感じてもそれは消えてしまったわけじゃない今はただ自分で確かめるために少し離れて歩いているだけ転ぶこともある遠回りもするけれどそれを選べる強さもまたあなたが育んできた 大切な宝物だからもう無理に引き戻さなくていい信じるというより委ねるように見守るというより静かに 木の上から見ているようにあなたがあなたのままでいることがきっと いちばんの支えになる大丈夫ちゃんと歩いていくあなたの手を離れたあともあなたのぬくもりは消えたりしないから子どもの成長は 喜びであり戸惑いであり ときとして残酷なほどに現実を突きつけてくるそれは愛のかたちが変わるサインその勇気を子どもが与えてくれているのだと分かっていても母として 父として複雑な想いを抱かずにはいられないものですひとりで悩まず心の苦しみを お話しませんかご両親様の想いと願いを込めて    かけがえのないお名前を       真心を込めてお授けいたします本当は愛されたいのに   なぜか一歩踏み出すのが怖い     そんな想いを抱えていませんか?
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「もっと早く連れて行けばよかった」そう思っていた私が、病院受診で気づいたこと

私は3人の子どもの母です。今日は、子どもの病院受診の話を少し書こうと思います。実は子どもに、ずっと気になっている体のことがありました。もしかしたら小さな手術になるかもしれない。そう思いながら、どこかで「きっと大丈夫」と思いながら、気づけば3〜4年。子どもも私も、ずっと様子を見てきました。今回の受診は、私だけの判断ではありません。もちろん、親として判断が必要なときもあります。でも子どもも、ちゃんと自分の考えや想いを持っています。だから私は、子どもと相談しながら「今、病院に行ってみる?」そんなふうに話をしてきました。そして、二人が納得できるタイミングで行きたい。そんな気持ちもありました。そして今回、節目のタイミングで受診することにしました。結果は――大丈夫。その言葉を聞いた瞬間、子どもの表情がふっと緩みました。そして私も同じように、心の中にあったものがすっとほどけるような感覚がありました。ずっとどこかで抱えていた小さな不安が、ふっと軽くなった瞬間でした。実は私は、正社員で看護師として働いていた頃、平日の受診がなかなかできませんでした。土曜日も仕事。「いつか行こう」「今度行こう」そう思いながら、気づけば時間が過ぎていました。だからどこかで、「もっと早く連れて行けばよかった」そんなふうに自分を責める気持ちもありました。でも今回受診して思ったんです。今がタイミングだったんだ。忙しさを理由に後回しにしていた部分もあったかもしれない。でも、責める必要なんてなかった。今このタイミングで受診して安心できた。それでよかったんだと心から思えました。母親は、子どものこととなると「私のせいかな」「もっと
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何もしていないのに、疲れてしまうあなたへ。

今日は、特別に大変なことがあったわけでもないのに、なぜか、すごく疲れています。一日中動き回ったわけでもないし、何か大きな仕事をしたわけでもない。洗濯もそこそこ、ごはんも適当に済ませて、スマホを見ながら、ただ時間が過ぎただけ。それなのに、体も心も、どっと重たい。「私、今日なにしてたんだろう」「何もしていないのに、なんでこんなに疲れてるんだろう」そうやって考え始めると、疲れていること自体よりも、「疲れている自分」を責めてしまうんですよね。でも私、思うんです。何もしていないように見える日でも、私たちの頭と心は、ずっと休まずに働き続けています。あの人の、何気ない言葉。LINEの既読がついたまま、返ってこない時間。ふとした瞬間の、あの空気。言えなかった一言。言いすぎた一言。体は止まっていても、心はずっと、誰かのことや自分の未来を想って、一生懸命に動いている。だから、何もしていないのに疲れる日があるのは、あなたが怠けているからではありません。それだけ繊細に、毎日を感じ取っている証拠なんです。私も今日は、ソファに座ったまま立ち上がれなくて、「今日、何もできなかったな」って自分にダメ出ししそうになりました。でも、「何もできなかった」んじゃなくて、「今日も一日、ちゃんと生きていた」。それだけで、もう十分だったんだと思うことにしました。今夜は、「何かを頑張った自分」じゃなくて、「今日という日を、無事に終えた自分」に、いつもの、まるをあげたいです。今日、あなたが感じていた疲れは、決して無駄なものではありません。何もしていないように見える一日の中にも、あなたはちゃんと、そこで息をして、存在していました
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