hadanohanashi
もともと私は顔が赤くなりやすい体質でした。肌の異変が少しずつ表れ始めてからも、周囲の人には「元気そう」と受け取られていました。しかし、それまでの赤みとは明らかに違う色が混じり始めていました。その変化に最初に気づいたのは母でした。私は赤みを隠すためにお化粧をしていましたが、母がふと「なんだか変なメイクをしているね」とつぶやきました。歌舞伎役者のようなメイクが流行っているのか、と真顔で聞かれ、「はあー」と思わず声を上げたのを覚えています。鏡をのぞくと、そこには歌舞伎の隈取のように赤みが広がった自分の顔がありました。まぶたの上まで、まるでピンクのアイシャドウを塗ったかのように染まっていました。母はあわてて、すぐに私を皮膚科へ。診断はアレルギーの一種でした。地元では評判の良い皮膚科の先生でしたが、何か月通っても症状は改善なし。生活習慣の問題を指摘され、食事制限も行いましたが、アレルギー検査では反応ゼロ。先生も困っている様子でした。治療法はピーリングしかないと言われた私は、通院をやめてしまいました。しかし、その頃にはすでに酒さを発症していたのです。そこから肌の状態はさらに悪化し、肌理は失われ、表面の皮膚が細かく剥がれ落ちていきました。鏡を見ることができなくなり、鏡の前では自然と下を向くようになっていました。思春期の真っただ中だった私にとって、あの頃の出来事は今でもよく覚えています。 tau_
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