絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

2 件中 1 - 2 件表示
カバー画像

いまの自分の気持ちを、そのまま置いていい場所がある

放課後のチャイムが鳴る。凪は、ゆっくりと鞄を持ち上げた。いつもと同じ動作。同じ教室。同じ帰り支度。なのに、心だけが少し違う。「先、行く?」悠真が、何でもないことのように言う。「……うん」その返事が、昨日よりほんの少しだけ、迷わなかった。廊下に出ると、クラスメイトたちの声が重なり合って、すぐに日常に溶けていく。凪と悠真は、その流れから少し外れて歩く。近すぎず、離れすぎず。凪は、ふと思う。——昨日までの私は、——「何も言わないことで守ってきた」。平気な顔をして、大丈夫なふりをして、自分の気持ちを置き去りにして。でも今日は、違う。「ね」凪は、足を止めずに言った。「私さ」「前より、ちゃんと話せるかも」悠真は、少し驚いたように、でも、すぐに歩調を合わせる。「それは、いいこと?」凪は、少しだけ考えてから答える。「……たぶん」「怖いけど」正直な言葉だった。悠真は、「そっか」とだけ言った。無理に背中を押さない。理由を聞かない。でも、受け取っている。凪は、その横顔を見て、胸の奥が、静かにあたたかくなる。——分かってもらえた、気がした。未来の約束なんて、まだいらない。恋人、という名前も、まだ持たなくていい。ただ、いまの自分の気持ちを、そのまま置いていい場所がある。それだけで、歩く道は、少し明るく見えた。夕方の光が、二人の影を長く伸ばす。昨日と同じ道。同じ景色。でも、凪は確信していた。——もう、同じ自分じゃない。小さくて、でも確かな変化が、胸の奥で息をしていた。
0
カバー画像

この人の隣に立つなら、ちゃんと、自分の感情も持っていたかった

ノートを返して、凪は自分の席に戻った。椅子に座った瞬間、胸の奥に、さっきの言葉が残っているのがわかる。——言ってくれて、よかった。悠真の声。少し低くて、でも、ちゃんと凪の方を向いていた声。授業が始まっても、凪の意識は、黒板とノートの間を行ったり来たりしていた。(私、ああいうこと言えるんだ)いつもなら、「大丈夫」で終わらせていた。怖かったことも、引っかかっていたことも、あとから一人で処理してしまう。でも今日は、そうしなかった。勇気を出した、というより、置いていかれたくなかった。この人の隣に立つなら、ちゃんと、自分の感情も持っていたかった。休み時間。悠真が、何気なく振り返る。視線が合う。それだけで、胸が少しだけ熱くなる。言葉はない。でも、さっきよりも、確かに近い。(……これでいい)凪は、そう思った。完璧じゃなくていい。強くなくていい。怖いって言えて、聞いてもらえて、そのまま並んでいられるなら。昼休み、窓の外を見ながら、凪はふと考える。——もし、次に同じことがあったら。昨日みたいな一言を、また誰かに向けられたら。今度は、自分から何か言えるかもしれない。悠真の背中に隠れるんじゃなくて、前に出るんでもなくて。横に立ったまま。その想像だけで、胸が少し苦しくて、少し嬉しかった。チャイムが鳴る。いつもの一日。でも、昨日とは違う。凪は、自分の中で何かが静かに動いたことを、ちゃんと感じていた。それはまだ、恋人、という言葉じゃない。でも。——もう、知らなかった頃には戻れない。そんな予感だけが、胸の奥で、確かに灯っていた。
0
2 件中 1 - 2