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それが、怖くて、でも、嬉しくて

朝のホームルーム前。教室は、いつもより少しだけざわついていた。凪は、席に着きながら、無意識に隣の席を見る。——いる。それだけで、呼吸が、少し楽になる。悠真は、ノートを開いて、いつも通りの顔をしている。でも、視線が合った瞬間、ほんの少しだけ、口元が緩んだ。それが、合図みたいで。凪も、同じように笑う。「ねえ」小さな声。「昨日さ」「“付き合ってるのかな”って    聞いたでしょ」悠真は、ペンを止める。「うん」「私ね」「答えを聞きたかった   わけじゃないんだと思う」悠真は、何も言わず、待つ。「ただ」「一緒にいることが、    当たり前みたいになってて」「それが、怖くて」「でも、嬉しくて」凪は、言葉を探しながら続ける。「名前をつけたら」「壊れちゃう気がして」悠真は、少し考えてから、言った。「じゃあ」「今は、つけなくていい」凪は、驚いて顔を上げる。「いいの?」「うん」悠真は、肩をすくめる。「名前がなくても」「一緒に帰る理由は、  なくならないし」その言葉が、胸の奥に、静かに染み込む。——ああ。凪は思う。この人は、“関係”を急がない。手に入れるより、続くほうを選ぶ人だ。チャイムが鳴る。二人は、それぞれ前を向く。でも、机の下で、そっと距離が近づく。触れない。でも、離れない。授業中、ふと窓の外を見ると、雲が、ゆっくり流れていた。——急がなくていい。放課後。廊下で、クラスメイトが何気なく言った。「最近さ」「二人、仲いいよね」凪は、一瞬だけ戸惑って、でも、否定しなかった。悠真も、笑って答える。「うん」「一緒にいること、多いから」それ以上は、言わない。説明しない。誇示しない。でも、隠しているわけでも
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この人の隣に立つなら、ちゃんと、自分の感情も持っていたかった

ノートを返して、凪は自分の席に戻った。椅子に座った瞬間、胸の奥に、さっきの言葉が残っているのがわかる。——言ってくれて、よかった。悠真の声。少し低くて、でも、ちゃんと凪の方を向いていた声。授業が始まっても、凪の意識は、黒板とノートの間を行ったり来たりしていた。(私、ああいうこと言えるんだ)いつもなら、「大丈夫」で終わらせていた。怖かったことも、引っかかっていたことも、あとから一人で処理してしまう。でも今日は、そうしなかった。勇気を出した、というより、置いていかれたくなかった。この人の隣に立つなら、ちゃんと、自分の感情も持っていたかった。休み時間。悠真が、何気なく振り返る。視線が合う。それだけで、胸が少しだけ熱くなる。言葉はない。でも、さっきよりも、確かに近い。(……これでいい)凪は、そう思った。完璧じゃなくていい。強くなくていい。怖いって言えて、聞いてもらえて、そのまま並んでいられるなら。昼休み、窓の外を見ながら、凪はふと考える。——もし、次に同じことがあったら。昨日みたいな一言を、また誰かに向けられたら。今度は、自分から何か言えるかもしれない。悠真の背中に隠れるんじゃなくて、前に出るんでもなくて。横に立ったまま。その想像だけで、胸が少し苦しくて、少し嬉しかった。チャイムが鳴る。いつもの一日。でも、昨日とは違う。凪は、自分の中で何かが静かに動いたことを、ちゃんと感じていた。それはまだ、恋人、という言葉じゃない。でも。——もう、知らなかった頃には戻れない。そんな予感だけが、胸の奥で、確かに灯っていた。
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