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【昨日な、「神Prompt」の話したやんな。ちょっと「むっ」っとしたんちゃうか笑】

昨日な、「神Prompt」の話したやんな。ちょっと「むっ」っとしたんちゃうか笑ワイのクライアントさんからな、早速連絡あってん。「喧嘩売ってんすか?」やて。ないない、ワイ他人に興味ねえもん。ただな、ワイはひねくれた人間やさかい、天邪鬼なんよな。まあ肯定されたら否定に走るっちゅうがワイの甲斐性や。いいたくなるんや。アンチテーゼ。笑ほな、はじめよか。最近よく聞く言葉がある。「AIの出力って、なんか平均的だよね」「無難すぎてつまらない」「結局、尖ったことは言わない」たしかに、そう見える場面は多い。ChatGPTに何かを書かせると、破綻はしないし、失礼でもないし、極端でもない。言い換えれば「当たり障りがない」。でも、ここで一度だけ、立ち止まって考えてみたい。平均的なものを、平均的に出し続けることって、本当に“しょぼい”んだろうか?たとえば偏差値の話をしよう。偏差値50というのは、真ん中だ。特別優秀でもないし、目立ちもしない。でも、これを「毎回」「どの科目でも」「ほぼブレずに」出し続けられる人間が、どれだけいるだろう。数学は強いけど国語が壊滅的。英語は得意だけど理科が致命的。だいたいの人間は、こうして凸凹を抱えている。平均に“見える”人ほど、実はかなりレアだ。それなのに、AIが平均的な文章を出すと、人はこう言う。「無難だ」「個性がない」「面白くない」。ここに、少しだけ違和感がある。人間は、自分が安定して出せないものを、なぜか軽く扱う。そもそも「平均的」とは何なのか。どの母集団の、どの分布の、どの中央値なのか。年代か、国か、業界か、価値観か。それを定義しないまま「平均っぽい」と言っている時点
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【そろそろ論じてみようかの…】

今日はな、一ヶ月前くらいか、イギリスのユーモアの話を書いたやろ。あの「笑わせる気あるんか?」いう、曇天の下の紅茶みたいなやつ。笑いっていうより、距離の取り方の文化で、感情を一段だけ横の棚に置いて眺める、あの妙な手つきや。でな、その延長で「ほな次は鉄板ネタとして“鉄の女”でも…」とか言うてしもたんやけど、いざ書くとなると、これが案外むずい。鉄の女やで。軽口で触ったら指が切れる。笑いの話から入ってきたのに、急に工場の旋盤に腕突っ込むみたいな、あのヒヤッとする感じがある。「鉄の女」いう呼び名がまずズルいねん。人間を呼ぶ言葉やのに、材質で呼んどる。しかも鉄って、強い、冷たい、曲がらん、重い、って、だいたい印象が決まってまう。呼ばれた瞬間に、人格の輪郭がガチャンと固定される。本人が何を言うかより先に、観客側のイメージが先に完成してしまうんよ。おまけにこの異名、元を辿るとソ連側の新聞見出しから西側に広まった、みたいな話があるんやろ。皮肉で投げた石が、向こうで王冠みたいに被られてしまう。これ、めちゃくちゃ英国っぽいねん。「嫌味で言ったはずやのに、本人がそれを気に入って堂々と名刺に刷る」っていう、あの逆手の取り方。笑いの話やないはずやのに、ここだけ妙にウィットが滲む。(こういう経緯は当時の演説と報道の流れで語られることが多いよな) ただな、ここから先は、ほんまに笑い事やない。鉄の女が怖いのは、強いからやないねん。強さを“正しさ”として扱ってしまえるところや。合意形成はぬるい、妥協は堕落や、みたいな顔で「引かん」と言える人間が、国のハンドル握ったとき、何が起きるか。本人の信念は一本筋でも、社会は
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【今年は丙午(ひのえうま)でございますな。】

あけましておめでとうございます。よりよい一年になるように祈っております。はい、新年の挨拶おわり。……で、ほんまはここで「じゃあ、さようなら」って言うて去るのが一番スマートなんやろな。年始やし、軽く頭下げて、角も立たず、誰も傷つかへん。営業マンで言うたら、名刺だけ置いて帰る感じや。けどな、不思議なもんで、ワイは毎年それができへん。「ほな解散!」って言うタイミングで、なぜかもう一杯頼んでしまうおっちゃんみたいなもんや。終われるはずの場面で、「いや、もう一個だけええ?」って話し始める。悪い癖やけど、まあ、今年もそれでいかせてもらう。えーとな、今まで「秋月ひばかり」という名前で、ココナラやらnoteやらで活動してましてな。活動いうても大層なもんやなくて、文章を書いて、考えて、時々噛みつく。この名前、実は老後のために用意したライター名やったんよ。ひばかり=ヘビ。噛みつくぞ、売る文章書くぞ、という若干物騒な覚悟表明やった。中年に差し掛かった秋の夜、静かに、とぐろを巻いて機会を待つ。そういうイメージで「秋月」。もっとも、ヘビの活動期は本来夏やからな。最近は暑すぎて、秋でも元気に動いとる気がするけど、それはまあ地球側の事情や。ただな、しばらく使ってて思ったんよ。名前って、名刺みたいなもんで、最初は便利やけど、だんだん窮屈になってくる。マッチングアプリの自己紹介文と一緒で、「こう見られたい自分」を書けば書くほど、「ほんまの自分」が後ろで腕組みして睨んでくる。「噛みつくライター」でおるのは楽や。でも、噛みつくだけが仕事ちゃうやろ、と。たまには黙って聞く役も必要やし、噛む前に考える時間も要る。せやか
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【同じ「神プロンプト」を打ってるはずやのに、出てくる文章が、なんかこう……「おおっ!」なる人と、「……あれ?」で終わる人、おるやろ。】

同じ「神プロンプト」を打ってるはずやのに、出てくる文章が、なんかこう……「おおっ!」なる人と、「……あれ?」で終わる人、おるやろ。あれな、不思議でも偶然でもない。というか、「プロンプトが悪い」で片づけるには、話が浅すぎる。最近よう見るやん。「これ使えば神出力!」「保存必須!」「思考力MAX!」もうな、AI界隈の青汁みたいや。飲んだ瞬間ムキムキ、みたいな顔してるけど、実際は味だけ青臭い、みたいな。誤解せんといてほしいんやけど、いわゆる「神プロンプト30」的なやつを全否定する気はない。あれはあれで、ちゃんと意味ある。思考の枠を一気に与える。役割を決める。制約条件を並べる。何も指定せんよりは、出力は間違いなくマシになる。ここは事実や。でもな、「同じ神プロンプトなのに、なんでここまで差が出るん?」この違和感を感じ始めた時点で、もう話は次の段階に入っとる。たとえばやで。同じレシピ、同じ材料、同じ包丁。それでも料理の出来が全然ちゃう人、おるやろ。あれ、包丁のせいちゃう。レシピのせいでもない。「これまで何切ってきたか」の差や。GPTもな、実はそれに近いことが起きとる。神プロンプトいうのは、魔法の呪文やなくて、「ここまでやってええで」という許可証みたいなもんや。でもその許可証を渡されたとき、普段から深い話してきた相手と、表面だけなぞる会話しかしてへん相手とでは、受け取り方が変わる。「自由に考えてええよ」言われて、どこまで踏み込んでいいか分かる相手と、「怒られん程度でまとめとこ」って思う相手。人間関係でも、ようある話やろ。つまりな、神プロンプトが効くかどうかは、プロンプトの出来以前に、それを投げ
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