保育士として、母として、祖母として感じた「集団だからこその困りごと」
こんにちは、ほんわかです。
今日は、保育士として26年、母として33年、そして祖母として8年。
三つの立場を行き来しながら関わってきた中で、
ずっと心に残っている出来事を書いてみようと思います。
その「困った」は、お家では見えないことがある
園で「困っている様子」をみせる姿は、
お家では“困りごと”として現れないこともたくさんあります。それは、集団だからこそ見えてくる姿だからです。
集団は、子どもにとってとても難しい世界
保育園や幼稚園は、
・たくさんの音
・たくさんの人
・決まった流れ
・待つ、合わせる、切り替える
小さな子にとっては、それだけで精一杯な世界です。
ある先生のひと言
ある日、職場で先生がぽつりとつぶやきました。
「この子、こんなに困っているのに、
お家では困っていないのかな…?」
その言葉を聞いたとき、
私は“母親としての自分”が胸の奥で動いたのを感じました。
仕事が終わってから、その先生にそっと伝えました。
「お家では、きっと“困った”にはならないんだと思います。
集団だからこその困りごとを、この子は一生懸命抱えているんですよね。
私も、我が子を見ていてそう感じてきました。」
お家では「環境そのものがちがう」
お家は、
・いつも同じ大人がそばにいてくれる
・その子一人のペースに合わせてもらえる
・“比べる場面そのもの”が少ない
・失敗しても、周りを気にせず立て直せる場所
園でも、先生たちはプロとして
「わかろう」「待とう」「大丈夫だよ」を届けています。
それでも、集団という環境そのものが、
子どもにとってはとても大きなチャレンジになることがある――
私は、母
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