『咲けない自分=ダメな自分、ではなかった』
『必要な人に届くまで、何度でも書きたい事があります』うまくいかない日、咲けない時間、自信をなくしたとき。それでも「今の私」を否定せずにいられるような、静かな言葉を綴ります。周りが次々と前に進んでいるように見えると、自分だけが取り残されている気がすることがあります。何かを生み出していない自分。まだ咲けていない自分。それは「足りない」「ダメなんじゃないか」と、いつの間にか自分を責める理由になってしまう。頑張っている人ほど、動けていない時間を「無駄」に感じてしまうのかもしれません。でも、少し立ち止まって考えてみたんです。咲いているかどうかで、人の価値は決まるんだろうか。今、目に見える形で花を咲かせていないと、その人は「まだ未完成」なんだろうか。そんなことは、きっとありません。植物が咲くためには、季節や、土や、水や、光が必要です。どれか一つでも合わなければ、どんなに力があっても、花は咲きません。人も同じだと思うんです。どれだけ真面目で、やさしくて、力を持っていても、合わない環境や、心が追い詰められる状況では、本来の力を出せなくなることがあります。それは「能力がない」からではなく、その場所が、その時の自分に合っていないだけということも、少なくありません。学校に行けない子ども。仕事を休んでいる大人。前に進めず、立ち止まっている時間。そこにあるのは、怠けや失敗ではなく、「これ以上は苦しい」という、心や体からの正直なサインなのだと思います。子どもが苦しんでいる姿を前にすると、親は「自分の育て方が悪かったのでは」と自分を責めてしまいがちですが、それは、ちゃんと向き合おうとしている証であり守りたい
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