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学校に行かない子、行けている子――そのどちらにもある“声にならない痛み”

最近、不登校の子が 以前よりもずっと増えているように感じます。 SNSを眺めていても、 「うちの子が学校へ行けなくて……」と、 胸の内をそっと吐き出す親御さんの投稿を 本当に多く見かけます。 そんな中、近隣の市の市長さんが 「不登校になるのは親が悪い」 と発言されたことを知り、 胸がぎゅっと痛くなりました。 ただでさえ苦しんでいる親御さんを、 さらに追い詰めてしまう言葉だと感じてしまって。昨日、Xでとあるスペースを聴いていたとき、 こんな声がありました。 「不登校の子は、自分の意志があるから、 実は強い子だと思う(私見)」 その言葉を耳にした瞬間、 ふっと肩の力が抜けたような気がしました。 “行けない”を否定され続けて苦しくなる前に、 “行かない”という無意識の選択で、 自分を守っている子もいる。 その視点は、たしかにあるな…と感じたんです。 自分なりに考えてみたのですが、 不登校になる理由は、 本当にひとりひとり違います。 家庭に要因があることもあれば、 学校という場で過ごす中で、 何かが合わなくなることもある。 友だちとの関係、先生との相性、 学校行事での、ちょっとした関わり。 大人から見れば 「そんなこと?」と思うような出来事でも、 子どもにとっては 心を揺さぶる大きな出来事だったりします。 「学校に行けない    → 行かない(という無意識の意志)」 そう考えると、それは“弱さ”ではなく、むしろ “自分を守るための強い選択”なのかもしれません。うちの娘は、中学でも、大学でも、 先生からひどい扱いを受けたことがあります。 中学のとき、 みんなが楽しんでいたプレゼント交換を
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