ある前世について
今、前世についてのサービスを作成していますが、私の前世を一つか二つ例にとってどんな理解があったのか、伝えたいと思います。私はある前世で、どこの国かは伏せますが、大変貧しい暮らしをしていました。子供が何人かいたのですが、子供と遊ぶどころではない命がけの仕事をしていました。今、その仕事はありませんが、今も命がけの仕事ってあるものですよね。私はその前世で仕事中の事故で亡くなりました。子供たちが大人になることも見届けることもなく生き埋めで亡くなりました。私はその前世に不満はありません。もっと子供達と遊べば良かったとか、本当にそれくらいあとはもう命がけの仕事はしたくないなというだけです。生き埋めって苦しいですから。それを思い出した時に、今の私は、あの時の前世の私から見ればなんと気楽なことかと思う反面、あの子たちはどんな大人になって親がいないという寂しさを、またはその時の伴侶は、自分が亡くなった後に一人でどんな苦労をしたのかという事を考えたりします。前世は一つではなくていくつか思い出しています。今日はそんないくつかの一つでした。前世で~をしたから~である。と言うのではなくて、今、感じている色んな思いは、今回の人生だけのものではない、そしてその色んな気持ちを昇華する為に、私たちは行動を起こしたり起こさなかったりしますよね。その時の人生で私に後悔が少なかったのは、貧しい中でも自分なりに命がけで仕事をした。家族にも社会にも貢献出来たからだと思います。また前世の話をしようと思います。最後まで読んで頂きありがとうございました。
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